光電測光による2カ所同時観測の成功で、世界初の超近接二重星を発見 (NASAのハッブル宇宙望遠鏡でも分離できない微少角度の分離に成功)
1996年11月26日未明,小惑星ミネルバが8.8等の恒星を掩蔽するという予
報が出されていた。この現象について,岡山市妹尾と岡山県船穂町の2カ所で観測に成
功した。現象の記録は,2カ所とも光電測光とビデオ録画であったために,そのデータ
から小惑星の大きさに関する情報が得られただけでなく,恒星が離角0.0065秒角の未知
の超近接二重星であることも判明した。これらのデータについて,簡単なモデルで近似
して解析を行った結果を紹介する。
1.はじめに
1996年11月26日未明,小惑星ミネルバによる8.8等星の掩蔽が予報されて
いた。この現象の掩蔽帯は,鹿児島県南方のトカラ列島付近を通ると予想されていたが,
推定されている小惑星の直径が146kmと比較的大きく,掩蔽中心からのずれが0.4
秒角前後で,岡山でも掩蔽が見られる可能性があると考え,観測体制をとった。
同時観測を行った2つの観測所で,掩蔽の記録を得ることができた。また,2カ所と
も,ビデオによる記録とフォトンカウンティングの高速連続測光であったため,小惑星
の形状に関する情報だけでなく,明るさの変化から,隠された恒星が二重星であること
が分かった。観測結果をもとに,小惑星を円で近似し,小惑星の大きさや恒星の伴星の
位置などについて解析をおこなった。
2.観測者・観測機材
赤澤秀彦…岡山県浅口郡船穂町船穂107
北緯=34°34′42.6″
東経=133°42′43.3″
海抜高度=8m
セレストロンC−11(D=280mm F=10)
AES製フォトンカウンター(PCPA)
ビクセン20cm(F=2.4)+ビデオ
大倉信雄…岡山市妹尾25
北緯=34°36′24.8″
東経=133°40′24.4″
海抜高度=3m
セレストロンC−14(D=355mm F=11)
AES製フォトンカウンター(PCPA)
400mm F2.8 カメラレンズ+ビデオ
3.観測方法
@目的星をGSCの星図で確認する。
A光電測光システムを立ち上げる。
B測光器のコントローラーをJJYに同期させる。
Cパソコンの内部時計をNTTの時報に合わせる。
Dエンコーダーを用いて目的星をダイヤフラムの中心に入れる。
Fビデオの録画を行う。
G現象の予報時刻の前後10分間,0.1秒積分の連続測光をおこなう。
H最後に目的星の近くの空の明るさを測定する。
4.観測結果
図1 測光データ
食の部分の拡大
5.観測から得られた主星と伴星の影によるMinervaの弦の長さについて
1996.11.25のMinervaに関するデータは次のとおりである。 赤経方向の移動量=-11.8′/day 赤緯方向の移動量=+ 1.6′/day これより、実質の移動量はSQR((-11.8)2+1.62)で求められる。 移動量=11.91′/day=((11.91*60)″/24*60*60)″/秒=0.00827 ″/秒 Minervaの地心距離=2.18AU 掩蔽時間内の小惑星の角移動量=1秒あたりの角移動量*掩蔽時間 小惑星の軌道上での移動距離(km)=地心距離(km)*TAN(移動角 °) 観測結果 赤 澤 主星潜入=25h51m47.1s(JST) 主星出現=25h51m54.5s (1)主星掩蔽時間=7.4秒 伴星潜入=25h51m47.5s 伴星出現=25h51m55.4s (2)伴星掩蔽時間=7.9秒 大 倉 主星潜入=25h51m46.5s(JST) 主星出現=25h51m53.0s (3)主星掩蔽時間=6.5秒 伴星潜入=25h51m46.8s 伴星出現=25h51m54.0s (4)伴星掩蔽時間=7.2秒 観測から得られた Minerva の影の大きさは,次のようになる。 (1) 主星による弦の長さ=2.18*150000000*tan((0.00827*7.4)/3600)= 97.02km (2) 伴星による弦の長さ=2.18*150000000*tan((0.00827*7.9)/3600)=103.57km (3) 主星による弦の長さ=2.18*150000000*tan((0.00827*6.5)/3600)= 85.22km (4) 伴星による弦の長さ=2.18*150000000*tan((0.00827*7.2)/3600)= 94.40km6.Minervaの実直径の推定
船穂−妹尾間の距離と位置的関係は,東西15.1km,南北3.2kmであり,直線 距離は15.4kmである。Minervaの移動方向を考えると,船穂−妹尾間は,Minervaの 移動方向に垂直な方向に対して5.2km離れていることになる。(a) 観測より,妹尾での主星によるMinervaの弦は85km(b),船穂での主星による Minervaの弦は97km(c)である。 a,b,cを満たす円を作図によって求めると,Minervaの直径は約130km となった。7.過去の観測との比較
これまでにMinervaのおこした掩蔽の記録(佐藤 勲氏による) @ 1982.11.22 アメリカ・フランス・スペイン 170.8km±1.4km A 1986.10.27 スイス 133km B 赤外線天文衛星の観測 146km C 1996.11.25 日本(赤澤・大倉) 131.8km±1.0km(佐藤氏の整約による) 以上を総合すると,小惑星Minervaは球・楕円体ではなく不等軸な形状であ り,今回の食の際には直径の短径の方向を向けていたと考えられる。 このことを確かめるために,1997年1月18日に美星天文台の101cm望遠鏡 の占有使用で,Minervaの光度変化を連続的に調べたが、はっきりとした変光は見られな かった。8.伴星の位置角
観測結果と伴星の位置角の関係は次のように考えられる。 @主星の潜入時に伴星はまだ隠されていないことから,伴星は主星の西側にある。 A伴星によるMinervaの影の弦(103km)が主星による弦(97km)よ り長いことから,伴星は,Minervaの中心に近い側(南側)にあること になる。 @,Aより伴星の概略の位置角は180°〜270°の間である。 潜入時と出現時の2段階の変化から B主星潜入から伴星潜入まで0.4秒 C主星出現から伴星出現まで0.9秒となった。 以上BCの時間から小惑星Minervaの影が地上を移動する距離(d3,d4)を計算する。 Bよりd3=2.18*150000000*tan(0.00827*0.4/3600)= 5.24km Cよりd4=2.18*150000000*tan(0.00827*0.9/3600)=11.80km となる。 d3,d4の結果をもとに,伴星の位置を作図により求める。 a:伴星による弦の長さが103kmになる位置が伴星の通過位置である。 b:MInervaの進行方向の前方5.24kmの位置に伴星がある c:Minervaの進行方向の後方11.80kmの位置に伴星がある 図から主星−伴星間の長さを求めて,離角を逆算すると,図の上で,主星−伴星間 の長さは1.0cm(原図上)となり,これは 地上で10kmの影にあたる。つまり,この 伴星は,小惑星の位置で10km離れた位置に見えることになる。この値から伴星の離角 を計算すると次のようになる。 10km=2.18AU*150000000km*tan(離角″/3600)より離角を計算すると 離角″=0.0063 ″となる。また,図5より求めた伴星の位置角は約255°となる。9.発見した二重星の等級
観測したカウント数
伴星+小惑星+空のカウント数 大倉=1600.0 赤澤=1862.0
小惑星+空 大倉=1261.0 赤澤=1634.1
主星+小惑星+空 大倉=2078.9 赤澤=2173.2
空 大倉=1119.2 赤澤=1601.1
主星と伴星の合成等級を8.8等としたとき
差等級=-2.5log(目的星のカウント/主星+伴星のカウント)で求められる。
大倉の観測から
主星の差等級=0.415mag. 主星の等級=9.215mag.
伴星の差等級=1.371mag. 伴星の等級=10.171mag.
小惑星の差等級=2.317mag. 小惑星の等級=11.117mag.
赤澤の観測
主星の差等級=0.426mag. 主星の等級=9.226mag.
伴星の差等級=1.361mag. 伴星の等級=10.161mag.
小惑星の差等級=3.459mag. 小惑星の等級=12.259mag.
平均で得られた等級
主星= 9.2等
伴星=10.2等 となった。
10.ビデオによる観測
今回の観測では,ビデオによる記録もあわせて行った。 ビデオ映像でも、食の始まりと終わりに2段階の変化が認 められた。ビデオのコマ送りにより,1/30秒の精度で現象 の継続時間の測定をおこない,次のような結果(赤澤)を 得た。 a:主星潜入〜伴星潜入= 13フレーム= 13/30秒=0.43秒 b:伴星潜入〜主星出現=211フレーム=211/30秒=7.03秒 c:主星出現〜伴星出現= 28フレーム= 28/30秒=0.93秒 a,bより,主星の掩蔽時間=(13+211)/30=7.47秒 c,dより,伴星の掩蔽時間=(211+28)/30=7.97秒 以上から,光電測光と同様に計算すると, 主星による影の弦の長さ=2.18*150000000*tan(0.00827*7.47/3600)= 97.93km 伴星による影の弦の長さ=2.18*150000000*tan(0.00827*7.97/3600)=104.49kmとなる。 光電測光の結果と比較して、弦の長さは0.9%大きく,推定直径は 131kmとなり,他の結果と矛盾しないことが分かった。11.仮整約の精度
今回の掩蔽では,専門的な知識を必要としない範囲で,作図を中心 にして観測値をあてはめて整約を展開していった。この整約結果と, 正式に整約をしていただいた掩蔽観測グループの佐藤 勲氏と広瀬敏 夫氏の結果とを比較のためにのせる。 │ │ 赤 澤 │ 佐 藤 │ 広 瀬 │ │小惑星の直径│ 130km │ 131.8km ± 1.0km │ 129.6km ± 0.15km│ │伴星の離角 │ 0.0063″ │ 0.0065″ │ 0.00624″ │ |伴星の位置角│ 255° │ 249° │ 249.5° │ │主星の等級 │ 9.20mag │ 9.27mag │ −−−− │ │伴星の等級 │10.20mag │ 10.06mag │ −−−− │ │ │ 円で近似 │ 円で近似 │ 楕円で近似 │ │備 考│恒星(8.8mag)│ 小惑星(12.4mag) │ −−−− │ │ │ との比較│ との比較 │ −−−− │12.おわりに
今回発見した二重星の離角 0.0065″という値は,世界中のどんな
大望遠鏡を使っても分離できない角距離であり,NASAのハッブル
宇宙望遠鏡の限界分解能の1/7の狭い角度をとらえたことになる。
今回の掩蔽観測の成功は,国内では12回目にあたるが,複数の場
所での,ビデオおよび光電測光という客観的な観測法であったために,
未知の超近接連星の発見につながった。また、ビデオ観測では、簡単
な家庭用のVTRが高い時間分解能の測定装置として利用可能である
ことを示した。
この観測にあたり,情報提供および解析をしていただいた佐藤 勲氏
ならびに広瀬敏夫氏にこの場をかりて謝意を表したい。
参考文献 天文ガイド1997年2月号 星食ガイド 広瀬敏夫
月刊天文 1997年2月号 P.43 佐藤 勲