火星の後継者事件より半年…
その残党達もほぼ捕まるか戦闘により死亡する事によって事件は解決に向かった。
ただひとつ、コロニー連続襲撃犯テンカワ・アキトを残すのみとなって…
































劇場版 機動戦艦ナデシコ
after
- forever with you -

































「こんにちは、ユリカさん」

「あぁ〜ルリちゃん、いらっしゃい!」

火星の後継者事件以降、その事後処理の為に地球に留まっていたホシノ・ルリは今日も入院療養中であるユリカの元を訪れた。
ユリカはあの後、意識を失いネルガルの息が掛かった病院へと担ぎ込まれ、次に目を覚ましたのは1ヶ月も経っての事だった。
遺跡に取り込まれるという前代未聞の症状だった為に未だに入院を強いられ、現在も検査等をしつつ病院で療養しているのであった。
本人は既に何事もなかったかのように以前の調子を取り戻し、ほぼ毎日見舞いに訪れる友人達のおかげで退屈しない毎日を送っている。
かたやルリはというと先の事件の功績により中佐へと昇進し、事後処理の傍らあの後行方をくらましたアキトの足取りを追っていた。
ユリカが無事に退院した暁には一緒にアキトを捜しに行こうしっかりと下準備を進めているのである。
そしてほぼ毎日のようにユリカの病室を訪れ彼女の話し相手をした後に自宅へと帰るのが最近の彼女の日課となっている。

「ねぇねぇ聞いてよルリちゃん、今日ミナトさんとユキナちゃんが来たんだけどね…………」

いつもの様に繰り広げられるユリカのマシンガントークを笑顔で聞きながら一度は失った筈の家族が戻ってきた事に喜びを感じていた。
これで後はこの場に彼が居れば…ルリはそう思っていた。そう、つい昨日までは……
そして昨日帰り間際に聞いたイネスの言葉を思い出すのだった。


ユリカの見舞いも終わり帰宅しようとしたルリに話しておきたい事があると引き止めたイネスは別室に彼女を連れて行き
世間話を少しした後に本題に入った、そして彼女の口から語られた内容はルリの想像を遥かに超えていた。

「結論から言うわね、ユリカ嬢の時間はあの新婚旅行の時から止まっているわ」

「あの…それってどういう……」

「つまり、彼女は火星の後継者に連れ去られてからの記憶が欠落しているのよ」

突然の事に一瞬話の内容が理解できなかったルリはイネスに問い返す事しか出来なかった。
そしてイネスはルリの反応を見て今度は分かりやすく簡単に説明してみせた。

「ですが…それだったらある意味都合が良いんじゃありませんか?
 それに遺跡に取り込まれたのが早かったから記憶がないとか…」

「そうね、これが彼女一人の問題だったら特に問題はないんだけど…
 あぁ、それからユリカ嬢が遺跡に取り込まれたのは連れ去られて半年してからよ」

話の内容を理解したルリがイネスに自分の意見を言ってみるが彼女は特に気にした風もなく
ルリの意見に同意して見せるがあっさりと原因は違うと言い切った。
そして『アキトくんに聞いたから間違いないわ…』そう付け加えてイネスは一旦ルリから視線を外した。

「私が思うに自らその半年間の記憶を閉ざしてしまったか若しくは遺跡との融合による後遺症か…。
 こればっかりは私にも分からないわ。そして更に問題が一つ…ある意味こっちの方が重大ね。
 彼女…アキトくんがやってきた事を認めようとしないのよ。
 何度私達が説明しても『そんなのアキトじゃない!』とか『アキトはそんなこと絶対にしない!』の一点張り。
 きっと彼女の中のアキトくんはいつも笑顔で料理の上手な優しい王子様のままなんでしょうね。
 一体誰の為にお兄ちゃんがあんな事をしてきたと…」

「……………」

イネスはルリに説明しながらその時の事を思い出しているのか段々と表情が厳しくなっていった。
初恋のお兄ちゃんが闇に身を堕してまで助けた女性が彼の事を認めなかった事がイネスにとっては許せなかったのかもしれない。
彼女の言葉を聞いてルリは言葉を無くすしかなかった、そして一時は厳しかった表情を今度は悲しそうな表情としたイネスは言葉を続けた。

「だからなのよ…今まであなた達にアキトくんの話題をユリカ嬢に話してはダメと言っていたのは。
 もしその話題になれば話に食い違いが出てくるのは目に見えているもの。
 まぁあなた達には彼女の精神がまだ不安定だからとは言っていたけどね」

「だ、だったらユリカさんの記憶をなんとか戻すというのは…」

ここまでの話を聞いてルリはイネスに提案をしたが
イネスの口から紡がれた言葉は彼女がまるで予想していなかったものだった。

「それはダメ…アキトくんがその事を望んでいないのよ」

アキトが既にユリカの症状を知っている…この事に動揺しながらもルリは問い質さずにはいられなかった。

「ア、アキトさんはこの事を知っているんですか!?」

「えぇ…私の口から説明したわ。
 ただ一言『そうか、あの時の記憶は無い方がユリカの為だ』って、そう言ってたわ」

「そ、そんな………」

イネスが冷静に語る中、ルリは呆然とその場に佇むしかなかった。















トントン

「はーい、どうぞー♪」

ユリカの話を聞きながら昨日の事を思い出していたルリは来客を告げるノックとユリカの声で意識を現実に引き戻した。
そして視線を入り口に向けるとそこには予想だにしなかった人物が立っていた。

「あ、あの〜どちら様ですか?」

「!?ア、アキト……さん」

全身黒尽くめの上、顔の半分近くを覆うバイザーに不信感を感じたのであろうかさすがのユリカも表情が強張っていた。
しかしルリはというと此処半年間追い求めていた人物が目の前に立っているのだ、辛うじて名前を言うのが精一杯だった。
だがその名前に反応した人物が一人だけ居た。

「え?どこどこ!?
 どこにアキトが居るの、ルリちゃん!?」

「……勘違いするな、俺はお前の知るアキトじゃない」

「え?ってことはルリちゃんの知り合い?
 な〜んだ、ルリちゃんってばビックリさせるんだから〜」

「………」

ルリはそんなユリカの態度を見て唖然とするしかなかった。
昨日イネスから話を聞いていなければユリカの言動を訝しく思ったかもしれない。
だが今のユリカを見たと同時に彼女に対して何か複雑な感情が込み上げてきていた。
以前列車ですれ違った一瞬の邂逅、たったそれだけで彼が一目でアキトだと自分は確信する事ができた。
そしてそれは墓地で遭遇したミナトにもいえたことだが…。
それなのに今目の前に居る彼の事がユリカには分からないのだ、その事実にルリは心の奥底で何かが冷めていくのを感じた。

「あの…どうして此処へ?」

ルリは気を取り直してアキトに訪問の目的を尋ねた。
そんなルリに顔を向けるとアキトは今回姿を現した理由を簡単に述べた。

「自分の目で確かめに……それとミスマル・ユリカ、あんたへの伝言を持って来た」

「え、私にですか?一体誰から…?」

「…あんたの王子様からだ」

目の前に居るちょっと怪しげな恰好をしたアキトと名乗るルリの知り合いの男性が自分に伝言があるという。
誰からの言伝なのか気になったユリカは迷うことなく尋ねた。
アキトは一瞬躊躇った様な感じをみせたが次の瞬間には何事もなかったように返答した。

「アキトから!?も〜アキトったら照れ屋さんなんだから!
 ユリカに愛の告白だったら自分で来てくれれば良いのに〜♪」

「ミスマル・コウイチロウ…お前の父親に預けてある物がある。
 退院したらそれを受け取って欲しい…だそうだ」

「え〜何だろう、気になるなぁ〜。
 でもアキトったら私へのプレゼントなら直接持ってきてくれればいいのにね♪
 ルリちゃんもそう思わない?…ルリちゃん?どうしたの?」

「…………」

アキトの返事を聞いた瞬間、ユリカは表情をいつも以上に輝かせ照れ笑いを浮かべながら嬉しそうにしていた。
そしてルリに同意を求めようとしたが当のルリからの返事は返ってこなかった、そんな彼女を訝しく思ってユリカは心配そうに見つめるが
ルリはユリカから視線を逸らす事しかできなかった。

「俺の用はこれで終わりだ…邪魔したな」

「ユリカさん、すみません。
 今日は私もこれで失礼する事にします」

「え?ル、ルリちゃん!?」

アキトの声とドアが閉まる音で我に返ったルリは慌ててユリカに別れを告げると早々に病室を出てアキトを追いかけて出て行った。
妙に慌てた様子のルリに驚きながらもユリカは声を掛ける事しか出来なかった。















「アキトさん、待って下さい!」

「………」

ルリの声を背に受け、アキトは立ち止まり彼女が追いついてくるのを待った。

「どうしてユリカさんに自分がアキトさんだって言わなかったんですか!?」

「イネスから聞いている筈だ…あいつは今の俺をテンカワ・アキトとして見る事が出来ない。
 あいつにとっての王子さまはいつも笑顔で料理も上手く強くはないが優しいテンカワ・アキトなんだよ。
 今の俺には全く当てはまらない、その証拠にあいつの目の前に立っても俺の事に気付きもしなかった。
 つまり、俺はもうあいつにとっての王子さまじゃなくなったのさ。
 俺は変わってしまったからな…」

アキトに追いついたルリは彼の目の前まで行くと当初病室で思っていた事を問い質した。
もしかしたら目の前に居る事でユリカがアキトの事を認識するのではないか、そう思っていたからだった。
しかしアキトの口から出た言葉はルリにとって追い討ちを掛けるような内容でしかなかった。

「っ……そんなことありません!
 アキトさんは…アキトさんは何も変わってはいません!」

「ありがとう、ルリちゃん。
 君がそう思ってくれてるだけで充分だよ…」

アキトの言葉にルリは激しく首を振って否定する。
そんな彼女を見てアキトは優しく声を掛けるのだった。
そしてルリは最も気になっている事をアキトに尋ねた。

「アキトさん…もう私達の所には帰ってきてくれないんですか?」

「………」

そして沈黙を守るアキトに対してルリは今まで秘めていた自分の想いの全てをぶつけるのだった。

「私には…私にはアキトさんが必要なんです!
 お願いです、私達の…私の所に帰って来て下さい!
 私はアキトさんの事がずっと……」

「ルリちゃん…ありがとう。
 でもね、俺はユリカを助ける為とはいえ罪もない人達を沢山殺してきた。
 だからその罪は償わなければいけないんだよ」

「そんな……」

ルリの想いを聞いたアキトはあの墓地の時と同じ様にバイザーを外し彼女を真っ直ぐに見つめながら自分の思いを語った。
そしてそれを聞いたルリはアキトが自分の手が届かないところに行ってしまう事を感じずにはいられなかった。
その後、2人は一言も喋る事なく病院の出口に辿り着いた。
しかしそこで2人を待っていたのはルリが考えていた中でも最悪の状況だった。


「テンカワ・アキト!君は完全に包囲されている!
 武器を捨て速やかに投降しろ!」

「ア、アオイ中佐!?」

そして現在アキトとルリを取り囲んでいる部隊を率いていると思われる人物を見てルリは唖然とした。
それはナデシコで仲間だった、今はルリの同僚であるアオイ・ジュンであった。

「俺が此処に来る前に匿名で情報を送っておいた」

「!?」

ルリが唖然としている所にアキトは更に彼女を驚かせる事を小声で告げた。
そしてルリは信じられないといった表情で振り向いた。

「どうして…そんな事を……」

「言ったろう?罪を償わなければいけないって…
 北辰は死に、草壁やヤマサキは捕まり、ユリカも助かった。
 俺の復讐は終わったのさ…後はこの身がどうなろうと最早未練はない」

「………」

理由を尋ねるルリに対してアキトの答えは簡単なものだった。
そしてルリは悟った…彼は死のうとしているのではなかろうか、と。
そんなアキトにルリは声を掛ける事が出来なかった。
暫くすると抵抗する意思がないとみたのか兵士達が近寄ってきた。
そしてジュンが手錠を手にアキトの側に来た。

「テンカワ・アキト、コロニー連続襲撃犯として逮捕する」

「すまんな、ジュン」

「気にするな、君は本当に変わっていないな…。
 連れて行け!」

アキトとジュンの会話はホンの一瞬だった。
そして連行されていくアキトを呆然と見つめながらルリは彼の声を聴いた様な気がするのだった。

(サヨナラ…ルリちゃん)



































地球連合ビルの一室では先日捕らえられたコロニー連続襲撃犯テンカワ・アキトの処遇について話し合われていた。


「火星の後継者達の幹部クラスの人間達は終身刑となっているから彼も同様の刑でいいんじゃないですか?
 それに実際のところ、彼のおかげで先の内乱が明るみに出たようなものですし…」

「馬鹿を言うな!一体奴にどれだけの我が軍の将兵が倒されたと思っているんだ!
 当然死刑だ!」

この場には統合軍や連合軍のトップ達が集まり話合いを進めていた。
そしてアキトに対して過激な処分を科そうとしているのは勿論統合軍の代表たちだ。
当然ここには連合宇宙軍の代表としてミスマル・コウイチロウ、そしてムネタケ・ヨシサダも出席していた。

「ですが彼もある意味被害者です。
 何処から情報が漏れたかはわかりませんが世論も彼に同情しているようですが?」

「だが奴に殺されたそれこそ罪のない将兵達の家族は奴に死以外は望んでおらん!」

勿論この情報をリークしたのはルリである。
アキトが逮捕されたその日に行動を起こし、火星の後継者事件の細部までもネットに流したのである。
しかしあくまでアキトの死刑を望む統合軍の幹部であったが、その時一人の統合軍幹部が誰も思い付かない様な事を発言した。

「でしたら罪を軽減するといった理由で彼に何らかの実験を強要するというのは?」

「馬鹿もん!我々を火星の後継者どもと同じ事をさせる気か!
 第一そんなことがマスコミに知れてみろ、我らの威信は地に落ちるわ!」

『実験を強要』その一言で室内の空気は凍り付いたようになった。
そして連合軍幹部の一人が口を開こうとしたその時、先に反応したのは同じ統合軍の幹部であった。
その後居た堪れなくなったのか先の発言をした幹部は途中退席しそのまま帰ってくる事はなかった。
思わぬ事で話合いが中断し、その後暫く誰も口を開こうとしなかったが不意にムネタケ参謀長が口を開いた。

「……でしたら流刑とし地球及び火星圏から永久追放というのは如何ですかな?
 幸い小惑星帯に太陽系外を調査する名目で小規模な観測施設が出来ていた筈。
 そこに最小人員で彼を送るというのは…」

「なにを馬鹿な…奴はA級ジャンパーだぞ、そんなものが追放になるものか!」

ムネタケの意見を一蹴する統合軍幹部だがまるでそんな事は分かっていたかのように彼は話を続ける。

「もし地球や火星に戻ればその時は死刑とすれば宜しいのでは?
 それに彼を死刑とした場合、どこかの誰かに痛くもない腹を探られかねませんぞ?」

「っ…『電子の妖精』ホシノ・ルリ中佐か、確か奴の被保護者だったな。
 厄介な……だがもし流刑にするとして一体何処の物好きが奴と同行するんだね?
 最低でも5年は帰ってはこれまい…」

「それでしたら約1名心当たりがあります。
 お任せを…」

統合軍幹部が概ね納得したところでそれまで一言も発しなかったコウイチロウが口を開いた。

「……君、まさか!?」

「そのまさかです…一度に厄介払いが出来るのです。
 あなた方にとっては好都合では?」

「くっ…」

彼の言った心当たりが誰なのかに気が付くと、その場に居た幹部達はざわめきだした。
そして追い打ちともいえるコウイチロウの一言に苦渋の表情で納得せざる得ない統合軍幹部達であった。
それから3日後、テンカワ・アキトの処遇が決まった。


























---------------------------------------------------------------------

判決文

ターミナルコロニーを連続して襲撃し、死傷者を多数出した事、及び
ヒサゴプランに壊滅的なダメージを与えた事は許し難い事である。
だがしかし、火星の後継者の被害者である事は同情に値する。
これによりテンカワ・アキトは地球及び火星圏より永久追放とする。
これより後は小惑星帯にある観測施設で終身労働とする。
もし地球及び火星圏に許可なく帰還した場合は即死刑とする。
尚、この施設に同行するのは1名のみである(既決)


---------------------------------------------------------------------




























バンッ!

「納得できません!」

連合宇宙軍本部の一室から机を殴ったような音と共に少女の怒声が響き渡った。

「だが既に決まった事だ。決定を覆す事は出来ん」

「ですが!ですがアキトさんは被害者なんです!
 それなのに永久追放はあんまりです!」

怒声を上げる少女、ホシノ・ルリを前に暢気にお茶を啜っているのは連合宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウである。
先日決定したテンカワ・アキトの処分について異議を唱えに来たのだ。
しかも普段の彼女からは想像も付かないほどの取り乱しようである。
実際コウイチロウも彼女のここまでの大声を聞いたのは初めてだったりする。
そんなルリにコウイチロウは表情を真剣なものにし彼女に向かって話しかけた。

「…だったら終身刑、若しくは死刑の方がよかったかね?」

「っ…それは……。
 ですが裁判で争えば無罪だって…」

「残念だがそれは彼自身が望んでおらん」

「…そんな」

真剣な表情のコウイチロウに諭されて些か冷静になったルリであったが彼が口にした一言に彼女は絶望を隠せなかった。
そして暫し司令室に沈黙が訪れる…しかしそれは意外な入室者によって破られる事になった。

「タカスギ・サブロウタ、マキビ・ハリ、入ります。
 って、中佐も来てたんですか…」

「サブロウタさん、それにハーリーくんまで…司令?」

新たに入室してきた2人を不思議に思ったのかルリはコウイチロウに視線を向けると彼は表情を動かす事なく
サブロウタとハーリーをルリの横に並ばせたかと思うと彼の口からとんでもない言葉が発せられた。

「君たち2人に来てもらったのには訳がある…。
 ホシノ中佐、君は現時刻をもってナデシコC艦長を解任、今後は別の任務に就いてもらう。
 タカスギ大尉、マキビ少尉、2人はそれぞれ1階級昇進。本日付でタカスギ君はナデシコC艦長、マキビ君は同副長とする。
 以上だ…」

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
 なななななんで艦長が解任なんですか!?
 納得いきません!サブロウタさんもそう思いますよね?ね?」

「「………」」

コウイチロウの言葉を聞いてたっぷり5秒は固まったルリ、サブロウタ、ハーリーの3人…。
そしてハーリーの絶叫ともいえる叫び声が司令室に木霊した。
ルリとサブロウタはあまりの事に唖然としている様子だった。







「わかりました。それでは失礼します」

暫くして落ち着きを取り戻したのかルリは敬礼して踵を返すと出口に向かった。

「か、艦長〜〜」

「私はもう艦長じゃありませんよ、ハーリーくん」

ハーリーに呼び止められるもあっさりとそれを切り捨てると早々に退室していった。
背後でいじけているハーリーを気にする事なくサブロウタはコウイチロウに説明を求めた。

「…ミスマル司令、納得のいく説明をお願いします」

「あの娘にしかできん任務があるのだよ、分かってくれ…。
 それからすまないがルリくんにこれを渡してやってくれないか。
 承諾するも拒否するも君の自由だ、とな」

「司令……わかりました。
 行くぞ、ハーリー!」

サブロウタの前には先程までの厳しい表情をしたミスマル総司令は居なかった。
そこには一人の娘を心配する父親としてのコウイチロウの姿しかなかった。
そして事情を察したサブロウタはコウイチロウから指令書を受け取るとハーリーを連れてルリを追いかけるのだった。

「……こんな事しかできん私を許してくれ、アキト君、ルリ君」
 
そして誰も居なくなった室内でコウイチロウは窓の外を眺めながら目尻に光るものを浮かべるのだった。

















ルリを探し出すのは困難な事ではなかった、彼女の風貌は余りにも目立つので何ヶ所かで尋ねれば簡単に居場所を探し出せた。
そしてサブロウタはルリの後姿を見つけると大声で叫び彼女を引き止めた。

「中佐、待ってください!中佐!」

「サブロウタさん…どうしたんですかそんなに慌てたりして」

サブロウタの行動に驚いて目を丸くしているルリであったがその表情はやはりどこか沈んでいるように見えた。

「司令から中佐に言伝を預かりまして…これを」

「………」

サブロウタから指令書を受け取ったルリはノロノロとそれを読み始めた。

「承諾するも拒否するも中佐の自由だ、とのことです。
 一体何が書かれているんです?」

「どうやら私の次の任務が決まったようです。
 これはミスマル総司令に…もしかしたらムネタケ参謀長かもしれませんが、感謝しないといけませんね」

指令書を読み始めたルリにコウイチロウの伝言を伝えた後に彼女の表情を伺うと
先程までの表情とは打って変わって真剣に内容を読み漁っていた。
そんな彼女を不振に思ったのかサブロウタは何気なく尋ねてみるとルリの笑顔でそれは返ってきた。

「中佐?」

「艦長?」

余りの変わりようにサブロウタとハーリーは顔を見合わせていたがルリの口から出た言葉を聞いて次の瞬間飛び上がる事となった。

「永久追放となるコロニー連続襲撃犯テンカワ・アキトの監視が今度の私の任務です。
 ちなみに任期は私次第だそうです」

「なっ!?」

「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

「これから暫くは忙しくなりそうですね」

ルリの笑顔とは対照的にサブロウタは目を点にし、ハーリーは声にもならない悲鳴を上げていた。
そしてルリは2人をその場に残し先程までとは打って変わってまるでスキップでもしそうな勢いで司令室へと戻っていった。


当然この処遇にはアキトの方が納得するわけもなく、説得に難航するかと思われたが
コウイチロウとムネタケ参謀長の説得により呆気なく陥落した。

「罪人に罪悪感を懐かせるのは当然だ、ある意味これは君にとっては尤も厳しい刑かもしれんな。
 だがルリ君にとっては君と居る事が一番の幸せなのだよ…彼女を幸せにしてやってくれ。
 それとユリカの事は任せたまえ…君から預かった結婚指輪もあの娘に返しておくよ。
 君は死んだ事にしておくが、いいかね?」

「それにホシノ中佐は色々と統合軍の連中から疎まれてましてな。
 このまま地球に残っているよりは君と一緒に軍から離れた方がいいんですよ。
 まぁ彼女にとっては左遷ではなく栄転と言ったところですかな、ホッホッホッ」

こうしてアキトは追放、ルリは監視として小惑星帯へ行く事となった。
ちなみにルリの任期は本人の希望により無期限とされていた。
































それから1ヵ月後…
遂に2人が小惑星帯へと旅立つ時がきていた。
空港のロビーには旧ナデシコクルー達が見送りにきていた。

「ルリルリ、体には気を付けてね」

「はい、ミナトさんもお元気で」

「ルリ〜手紙出しなさいよね」

「ユキナさん…返事待ってますね」

「ルリ坊、これ持ってきな。
 料理のレシピだ、これでテンカワにマシなもの食わしてやんな」

「ありがとうございます、ホウメイさん」

「ルリルリ、何かあったら必ず連絡しなさい。
 真っ先に飛んでいくから」

「はい、その時はお願いします。イネスさん」

ルリの周りには女性クルーたちが集まり彼女に餞別を渡したり別れの言葉を掛けていた。
これが永遠の別れになるはずなのにこの場にはそんな雰囲気はなかった。
それはルリの幸せそうな表情を見て誰しもが安心した為であるかもしれない。

「アキト、ルリルリの事頼んだぞ」

「テンカワ、元気で…」

「セイヤさん、ジュン…」

「テンカワ君、餞別代りにこれを持って行き給え」

「アカツキ…これは?」

「ルリ君へのプレゼントさ、君の手から渡してあげ給え。
 (ブローチに加工したCCだ、もしかしたら何かの役に立つかもしれないからね)
 あぁ〜それからあの子の事だけどエリナ君と上手くやってるから心配しないでくれ給え」

「すまない…」

アキトの方では男性クルーと達が集まり彼との別れを惜しんでいた。
そしてアカツキはさり気なくラピスの事をアキトに報告して安心させていた。


そんな輪から離れてヒカルとリョーコは2人を眺めていた。

「何だかさぁ〜、まるでこれから新婚旅行にでも行くような感じだよね〜」

「けっ、片道切符の新婚旅行なんかあるもんか!
 もうあいつらには2度と会えねぇんだぞ…」

ヒカルの言った何気ない一言にリョーコはまるで吐き捨てるように呟いた。
そう、もうあの2人には2度と会うことが出来ないのだから……。






「そろそろ時間だ」

暫くすると警備を担当している宇宙軍の兵士がやってきて時間を告げた。

「皆さん、お元気で…」

「迷惑を掛けたな…」

その言葉に促されるように2人は荷物を手にすると最後に頭を下げた後、搭乗口へと向かっていった。
そんな2人の後姿を見つめながらユキナは隣にいたミナトに話しかけた。

「行っちゃったね…ミナトさん」

「えぇ…でもルリルリにとってはこれからずっとアキトくんと一緒なんだもの。
 きっと幸せになるわよ」

「…そうだよね」

ユキナはミナトの言葉を心の中で反芻しながら2人の姿が見えなくなるまでその場で見送っていた。















「結局最後の最後まで君を巻き込んでしまった、すまない」

シャトルに乗り込みシートに座ったところでアキトは改めてルリに謝った。

「アキトさん…これは私が望んだ事です。気にしないで下さい。
 それよりもこれからはずっと一緒に暮らすんです、宜しくお願いしますね」

「あぁ…こちらこそ」

ルリはそんなアキトに対して笑顔で応え、アキトもそんなルリに久しぶりの本当の笑顔を見せるのだった。
その笑顔はナデシコA時代に見せていた笑顔でありそれを見たルリは顔を赤く染め俯いてしまった。














シャトルが発進して暫くすると突然機内に銃声が鳴り響いた。
崩れ落ちる3人の兵士達を尻目に彼らを撃った兵士達が4人、アキト達に近付くと銃を向けた。

「テンカワ・アキト、ホシノ・ルリ…我々と一緒に来てもらおうか」

「貴様ら…連合宇宙軍の人間じゃないな?」

銃を突き付けられてもアキトはまるで動揺する事なくルリを庇いながら眼前にいる兵士達に問うたが
彼等はアキトの言う事など気にも留めず言葉を続けた。

「そんな事はどうでもいい。
 大人しく同行してもらおうか、貴様らをこのまま追放等という生温い処罰で済ますわけにはいかん。
 貴様らはまさに実験材料にはもってこいだからな、我らの為に人柱となってもらう。
 さて、我々と一緒に来るか否か…返答次第では此処で死んでもらう」

「アキトさん…」

「ふっ、火星の後継者どもと同じ様な奴が統合軍にも居たとはな。
 ルリちゃん……伏せろ!」

「っ!?」

兵士達の言葉を聞いてルリは心配そうにアキトの表情を窺うのだが彼のバイザーに隠された表情は何故か今にも笑い出しそうな感じであった。
そしてまるで独り言のように呟いたかと思うと次の瞬間、ルリをその場に伏せさせると一番身近に居た兵士に向かって拳を叩き込んだ。
その兵士は油断してアキトに近付きすぎていた為に彼の拳をかわす事が出来ず声を上げる間も無くアキトにもたれ掛かるように気絶した。

「くっ、構わん!撃ち殺せ!」

「っ…遅い!」

兵士達はまったく反撃を想定していなかった為にアキトの初動に対して一瞬の遅れが出てしまった。
そしてその遅れが彼らの命取りとなった…気絶させた兵士から銃を奪い取ったアキトは残りの3人に容赦なく銃弾を叩き込んだ。

「もういいよ…ルリちゃん」

「アキトさん…これは一体……」

銃声が数発鳴り響いた後にルリの頭上から声が掛けられた。
伏せていた顔を上げるとそこにはアキトの無事な姿があり、彼女は一安心すると同時にこの件に対しての疑問を口にした。

「俺の処遇に気に入らない連中が統合軍辺りに居たという事だろう。
 これじゃあ宇宙に出てからも何かありそうだな…」

「宇宙にさえでればナデシコCが護衛に付きます。
 それほど心配はないと思いますが…」

「だといいんだが…」

元居た場所から離れ少し落ち着いたところでアキトは自分の考えを口にした。
そしてアキトの心配を余所にルリは若干楽天的に考えたのだったがそれは間違いであったとすぐに分かる事となった。

「クックックックックッ…
 貴様らをこのまま行かせる訳にはいかん、此処で我らと共に死ね!」

「何だと!?」

「キャッ」

先程アキトが一番最初に気絶させた兵士がいつの間にか立ち上がり、懐から何かを取り出し迷う事なくスイッチを押した。
それと同時にシャトルに衝撃が走り、小規模な爆発が室内で起こった。
ルリは衝撃に耐え切れず床に崩れ落ちたがアキトは何とか衝撃に耐え
手にしていた銃を男に発砲したが足元が不安定だった為か狙いは逸れ男の右肩に突き刺さった。

「シャトルごと自爆するつもりか!?
 くっ、ルリちゃん大丈夫か!」

「アキトさん…どうするつもりなんですか?」

男を無力化したアキトはルリの元へ駆け寄ると彼女の身を案じた。
ルリは不安そうにアキトを見つめる事しか出来なかった。
そんな彼女をアキトは安心させる為に力強く抱き締めるとルリにここから脱出する手段を告げた。

「アカツキに貰ったCCを使う。ルリちゃん、俺と一緒に飛ぶんだ」

「は、はいっ!」

「よし…場所は空港ロビー……。
 ジャ…「行かせるかぁ!」

そしてまさにジャンプしようとしたその時、3発の銃声が聞こえルリの体に衝撃が伝わってきた。
しかしそれはルリが撃たれたわけではなくアキトの体を伝ってきた衝撃だった。

「アキトさん!」

「ぐっ…イ、イメージが……。
 このままじゃ……」

崩れ落ちようとするアキトをルリは何とか支えようとするが体格が余りにも違いすぎた。
それでもアキトは何とか力を振り絞りルリを庇うように倒れると再びジャンプに必要なイメージを浮かべようとするが
どうやら銃弾の1発は急所を捉えているらしく意識が朦朧としイメージを浮かべる事が出来なかった。

「アキトさん、しっかりしてアキトさん!」

「すまない……ルリ…ちゃ…ん」

ルリは涙を流しながらアキトに呼び掛けるが意識が朦朧とし始めたアキトはまともに答える事が出来なかった。
ただアキトはルリを抱き締めて離そうとだけはしなかった、そしてルリもアキトを離さまいと腕に力を込めるのだった。
そしてCCは輝きを増し始め遂に光は2人を包み込むと光の粒子と共に彼らを何処かへと消し去ってしまった。
それから数秒後、シャトルは炎に包まれ遂には爆発四散する。




その光景はまさに数年前のシャトル事故の再現を見ているようだった。
違うのは今回は民間用のシャトルではなく軍用のシャトルであったことであろうか…
見送りにきていた旧ナデシコクルー達は呆然と天空を見上げ、爆発四散するシャトルを見つめるしかなかった。
そして誰かの悲鳴のような泣き声のような声により我に返り辺りは喧騒に包まれる事となった。























------------------------------------------------------------------------------------------------------------

報告書


今回の事件は死者10名にも及ぶ数年ぶりに起きたシャトル墜落事故となった。
しかし死亡原因は一人を除き全て銃弾によるものであり、搭乗者の重要度から
一時は火星の後継者の残党の仕業とも考えられたが統合軍内部の過激派の仕業と判明。
首謀者は既に逮捕、その計画に加わっていた数人の軍人及び科学者も逮捕。暫く後に裁判が行われる予定である。
尚、このシャトルに搭乗していた重犯罪人テンカワ・アキト、連合宇宙軍中佐ホシノ・ルリの2人は行方不明である。
テンカワ・アキトがA級ジャンパー、ホシノ・ルリ中佐がB級ジャンパーである事から
生体ボソンジャンプにより何処かへ飛んだものと考えられてはいるが依然行方は掴めていない。
現在も全力を挙げて捜査中である....


                                       連合宇宙軍中佐 アオイ・ジュン
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
















あとがき



こんにちわ、双海 悠です。

今回は20万HITの記念(かなり遅れましたが)として劇ナデアフターを書いてみました。
元々これは連載SS用のネタとして取っていたんですが構想段階で書ききれないと判断し
途中で断念して凍結していたモノを急遽第1話だけ記念SSとして書き起こしてみました(爆)
本来ならこの後、逆行モノとして続くはずだったんですけど…(^^;
ちなみにアキト17歳×ルリ16歳の予定でした(笑)
設定としてはかなり強引かな〜とは思いますがそこの所は見逃して下さいませ(汗)
それからユリカが何気に扱いが酷いような感じもしますが、気のせいって事で(爆)
最後に、あの後はどうなったんだ〜!っと感じるかもしれませんが、それは皆様のご想像にお任せします(オィ
ハッピーエンドにするもよし、勿論バッドエンドでもOKです。
まぁ私自身はハッピーエンドの方が好きですけど(笑)

それでは今後もどうぞ宜しくお願い致します〜(^^)
ってことで

おしまい


ご意見ご感想等があれば、遠慮なくこちらへメールを下さい♪



【メニューに戻る】