中国南宗画史ノート8 古原宏伸著 中央公論社 文人画粋編5付録
董其昌における王維の概念 古原 宏伸著 董其昌の書画 二玄社
芸術論集 中国文明選14 福永光司著 朝日新聞社刊
中国画論の展開 中村茂夫著 中山文華堂
中国南宗画史ノート8 古原宏伸著 中央公論社 文人画粋編5付録
最近見つけた本に中国南宗画史ノート8があり、董其昌の画の性質について
古原宏伸先生が説明される。
P3
「力強い」とは右に左に円弧のように動勢を表す山石の塊量を不合理に積み重ねた、
非情なまでの構築性をさすものだったろう。
P4
「合理的な秩序ある形態として分析しようとすれば、すぐにでも非合理な、それ以上に
ひねくれた要素に衝突せざるを得ない」ケーヒル
P5
「規則的な構成とその混乱、伝統の固執と離脱、自然のイメージの表現と現実感の否定、
表現形態の習熟と粗野で不器用さの提示、みずみずしい感受性と荒々しい筆力」ケーヒル
P6
「古式をてらった不自然さ、わざとらしい歪曲、ひねくれた非現実的なイメージの再生、
不調和かつ不愉快な構成etc」実際そういわれてもしかたあるまい。
だが、それでは何故にそんな画ができたのか、描いたのかについては説明がない。
自分の手元にあったものすら、または自分で題識を書いたものすら、忠実なコピー
を作らない、或いは作れないのは、どういう意味なのか。
彼は一体どういう人間だったのか。
P8
彼の画論「画禅室随筆」「画旨」「画眼」や題跋は、何一つ触れていない。樹石や構図法については、 再三繰り返して説いていても、最も個性的で重要で本質的な要素については、
彼は沈黙しているのである。
何故彼の画に抽象的な表現が生じたかは、私には説明の欲しい質問なのだが、
最も知りたい切実な箇所には画論はまず無力だと見なければならない。
かたくななまでの不器用さとみなされた形態のデフォルムは、一つの秩序を
打ちたてようという精神の働きであり、やがてすべての近現代絵画が流れ出す
原動力ともなったのであった。
安易な比定は避けねばなるまいが、董其昌もまたセザンヌに似た構造をもっていたのでは
なかろうか。
古原先生の
それでは何故にそんな画ができたのか、描いたのかについては説明がない。
何故彼の画に抽象的な表現が生じたか
最も個性的で重要で本質的な要素
董其昌は言う
”元末四大家には大層敬服した。
中でも黄公望だけを師として学び、*******元の四大家の溌墨画を近在で
捜しまわったものだった。”
”あに前身まさに右丞の室に入り、親しくその盤ハクの致
をみるならんか”
石濤は言う
筆と墨との渾然一体となった境地をものにし、その「インウン」渾然たる結ぼれを造形化
するすべを身につけ造物主の手を己の手とし****
王麓台は言う
右丞のモウセン粉本を得てより***出没変化、端倪すべきなし
福永先生は言う
芸術論集 中国文明選14, P10解説
「中国において書芸術と絵画芸術は、要するに筆墨の造形する芸術であるが、
筆墨の描く点と線、濃淡の色調は、自由な流れとうねり、情感的な潤いと滲み
をもつことによって、人間の心の動き、生命の感動を表現する手段としては、
最もすぐれた生動性をもつ。」
王維は言う
文人画粋編1 王維 貝塚茂樹
王維の解説文の中にあるP121
「15歳の彼が友人の雲母の屏風を日向に持ち出して普通の彩画の山水屏風
よりも雲母を透かして見える薄ぼんやりした風景の方がずった面白い
という詩を題した。少年の鋭い造形的な感覚が閃いている」
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すべての道はここから始まる。
一本の描線に内在する属性は、画家個人の画業の結晶ともいえる内容物を
保持しているものと思われます。この一本の描線から流れるように次の線が入り
、まるで生き物のように増殖展開成長し、力と方向を制御しながら自然に
メッツガーの云う「共に一つの全体を支配する法則に導かれた部品が相依属
する配置にあり、全体として調和するように、」よい形態の法則として浮かび
上がってくる。この組み合わせの構築が出来れば良いのだ。
画者と観者は一体となり、画家の意図したものを互いに読む。
見るものは画の中へ入り込み、平面から内部構造物を経て上昇し、山の上から
鳥になって飛び、また天のかなたへと消える。
カンディンスキーのいう、独立した新しい生活を営む自己個有の法則に従う線。
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