中国南宗画史ノート8 古原宏伸著 中央公論社 文人画粋編5付録に戻る
董其昌における王維の概念 古原 宏伸著 董其昌の書画 二玄社
P11
董其昌が王維の真本を探す過程を古原先生が説明される
「****四世紀半の星霜を経るうちに、いつのまにか王維の真蹟から、
郭忠恕の模本へとすり変わっていたからである。****由緒あるモウセン図は
伝聞のうちに完全に滅失していたことが理解される。好事家の手から手へと渡っていた
のは実に刻画の模本にほかならなかった。*********」
郭忠恕模王維モウセン図を見て董其昌は
「****いわゆる雲峰石迹、天機に廻絶し、筆意縦横、造化に参するものである。
古人の王維に対する論評には一字の虚言もない。******
******とすれば古人は方に遇って圭をつくり、円によって璧を成す、
(材料に応じて作るものを変える)といううまさを発揮しているのだ。」
P14
「余いまだかってその迹(王維の画)を観るを得ず、ただ心想を以てこれを取りしに、
果たして真と合するを得たり。あに前身まさに右丞の室に入り、親しくその盤ハクの致
をみるならんか(今までただ想像していただけだったのが、この画を見てからは、
まるで前世に王維の画室に入り、制作するさまを目のあたりにした思いだ。)
故に結習くらからず(それで結ぼれていた煩悩が解けたのだ)。」
p16
「私は1577年3月晦日の夜、灯をともして山水画を習い始め、この日から
画を描くことを好むようになった。****元末四大家には大層敬服した。
中でも黄公望だけを師として学び、*******元の四大家の溌墨画を近在で
捜しまわったものだった。長いことたって四大家の源流に遡らねばならぬと考えて
ひたすら北苑を師として学んだ。*********」
p24
刻画の止揚的な再生には別に先例がある。ボストン美術館の画稿冊no15がそれである。
短い墨線をつないで描いた山の塊量には、非情な美学はない。だが彼の白描に対する
関心が確実にあった例証として貴重である。
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文人画粋編no1 王維画とその伝称作品 古原 宏伸著
p133
王維と宋旭をつないだ王蒙画は、見ることが出来ない。ただ王原祁は王蒙における
モウセン図の意義を次のように説明する
「黄鶴山樵****その初めははなはだ孟フに似るも、右丞のモウセン粉本を
得てより、董巨に従って筆墨の源頭を発出す。すなわち本の家法を一変し、
出没変化、端倪すべきなし(どう変わるか見通しがつかない)」
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文人画粋編no3 王蒙
P48 恵麓小隠図巻
この図の中に明らかに1、2本の最初から形似を表す線でない任意もしくは
適当に配布された線が見える。木を表現する線であるが、木の形をイメージ
して描いた部分の線とはまったく違う印象を与える線が浮いて見える。
他の箇所はよく分からないが、線に線をからませてドジョウの様にくねらせた
シュンが、王蒙の心の働きによってだんだんに木と岩組を表してくる。
この図はその過程の痕跡が少し残っているものでありましょう。
ケーヒル先生がこの部分の心理的な説明をされる。
********江山四季p139恵麓小隠図*****
画人の心にあるものは出来上がった静的な家人物ではなく、周り*の景観を
整えることの方に興味があり、それこそ彼の仕事なのです。
このことに関して我々は歴史のフィルターを通じて残された画人の最も価値のある
完成された作品の数々が保存管理されていて、その一部を出版物としてしか
観ることしか出来ないが、例えば董其昌はその時代に近く数多くの本物、偽物
駄作、未完成のもの、画きなぐり、消却前のもの等の資料を目にすることが出来た
はずです。元人の部品の解体作業の中に、逆の過程、創造する過程の痕跡を
数多く発見したことでしょう。
王蒙の青下隠居図の制作過程を想像することは不可能であり、*****
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