国華 518号
中国画論の研究 董其昌歿後の声価 中央公論美術出版
文人画粋編5 董其昌と明末清初の山水画 呉訥孫著 中央公論社
野戦の師
その方法
中国絵画における奇想と幻想 ジェームス、ケーヒル著**新藤武弘訳**国華978
唐宋山水画史におけるイマジネーション 小川裕充著***国華1034
カンディンスキー著作集1 抽象芸術論 芸術における精神的なもの 西田秀穂訳
メッツガー 心理学
自然と美学 ロジェ、カイヨワ 山口三夫訳 法政大学出版局
董巨に従って筆墨の源頭を発出す
董其昌は画禅室随筆にいう「私のような野戦の師では、どうして、、、立派に臨模*できるといえようか」
辞書を引くと(字通)「野戦」
陣を整えずに戦う、斬りこみとあり、 (清・*変の画に題す、竹)
「石トウの竹を画くや野戦を好む、、、ほぼ紀律なし、然れども紀律自ら其の中にあり」
陣を整えず常法によらない戦い、山水図の構図を自分で把握出来ないまま、いくさを始める。
相手の軍団の配置と武器の状態を知らないまま、とりあえず「皴法以って之を発する」
彼独自の方法で斬りこみを始める。王維のところで記したように”古人は方に遇って圭をつくり、
円によって璧を成す”(材料に応じて作るものを変える)うまさを発揮しているのだ。、、、、、
(注LINK)ゆえに煩悩が解けたのだと言うように、「皴法を用いる境地」、「ばんはくの致」によって
画紙の上に任意の線を入れ、この入れる方法に独創があり、、、それによって、あっちこっちの線(形象)
と戦う。
「董其昌歿後の声価」は、董其昌の変筆についての記述が「中国南宗画史ノート8」に続き記載され
大いに関心のあるところです。「董其昌の画は彼ら批評家の語彙にはなかった」とあるように
当時董其昌自ら言う”皴法を用いる境地”について、批評家は次にあげる語彙を記述するのみで
具体的な方法を理解することが出来なかった。
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1 真跡は時に圭誤の処あり
2 幅中の起処は妥からず、余これを臨して改正をなし
3 蒼潤縦逸は、北苑、大癡よりウン藉して出ず
4 「無茶をしている処に、後の画家の粗略にできぬ典拠があるのだ」
5 まことに洞心駭目の観
6 奇古荒寒の境
7 腕間の変幻測るなし
8 諸家の善を集めて、独り霊気を運らす
9 これを学ぶ者いまだ宗旨を探らず
これは王原祁が王蒙についていう****と同じく
文人画粋編no1 王維画とその伝称作品 古原 宏伸著 P133
「黄鶴山樵・・、その初めは酷だその舅趙呉興に似るも、右丞のもうせん粉本を得てより
、董巨に従って筆墨の源頭を発出す。すなわち本の家法を一変し、出没変化、端倪すべきなし
(どう変わるか、見通しがつかない)」
”董巨に従って筆墨の源頭を発出す”とある源頭とは水の流れるみなもと、溢れ出る
源泉である。絵画の出来る原始の混沌とした闇から発出されるものは、画人の胸中の逸機
ともいわれる計り知ることが出来ない内部衝動を規定する要素、因子、、何と表現していいか
分からないが、カンディンスキーは内的必然性の原理をいい、、
この発出された形象から、王維のバンハクの致を見て得とくした訳の解らない線を
運らす方法、、、、、、機杼という言葉と董其昌の図版本より連想するに、「機」が
ばねじかけ、はたらきのある構造のもの、しかけ、という意味からまた「杼」が横糸をのばし
出してくる糸巻きであるのなら、ばねじかけのそれ自体、機能を持った複合体であり、
回転又は反射の属性をもった線の配置を命令するものの総体。
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そしてこれらの言葉をまとめて考えると、これらの現象が生じるには絵画制作の過程が
、同じ世界に住み逆の方向から見ているように、形あるものを形あるように描くのではなく、
何かしら線のばら撒かれた状態から、線と線の集合と離散、線の運動と分岐から立体構造物または
個有の認識空間を創り上げるという行為によるものと解釈できる。
「董其昌における王維の概念」
P11,14、16の引用部分のみで全部尽くされている。
はっきりと自ら野戦の師であるといい、書と同じく下書きせず率意の心で作戦を行うことを表明している。
皴法を用いる境地にあり自己の楽しみで画いているので
少々おかしな処があってもかまわない、、、この方向で考えると了解するに違いない。
線を適当に配布しその線の属性に曳きずられ、想いを胸中の山水に馳せ、
腕の運らきと視覚の空間認識によって画人の山水を創り上げる。
この内部過程はさまざまな要因によって変化し(同一画人においてさえ)、、、、、
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