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カンディンスキー著作集1 抽象芸術論 芸術における精神的なもの 西田秀穂訳
美術出版社
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この本に西洋美術の方向から、マックス・ビルの紹介文のなかに線の属性について
興味ある引用文がある。
1 ”彼が一本の曲線を引くやいなや、、、、他のあらゆる曲線との関係において、
みずからを変形していく。”(アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデ)
2 ”互いにさまざまに組合わさっており、、、、、、この形態を構成するように、
変形させられる。”(カンディンスキー)
3 ”一画についての石トウの理論の先駆となっている。つまり筆によって
描かれた一画一画が内的なリズムとか動きを、、、”(何恵鑑)
4 ”「共に一つの全体を形成する」、、、よく整頓されまとまった一つの形態を
生ずるものどうしが一つの全体を形成するのである。これが有名なよい形態
の法則である”(メッツガー)
これら幾つかの本を読むことによって、自分の心の中に、共通する感覚が惹き起こされ
、絵画制作の過程で遭遇する、又は観賞するとき惹き起される感覚が、、、、
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マックス・ビル 紹介文
P12
/*アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデ*/は述べている。
”さらに「線は、あらゆる基本的な力と同様に有効な力であり、関連させられながら
しかも相互に抵抗しあういくつかの線は、相互に作用しあう基本的ないくつかの力と、
同じ効果をあたえる」
「これらの諸法則や線相互の作用を身をもって経験している人は、拘束されていると感じざるを得ない。
彼が一本の曲線を引くやいなや、かれがそれに対して引く次の曲線は、
最初の曲線の各部分に含まれている観念によって、永久に制約される。
ところで第2の曲線はまたそれなりに最初の曲線に作用し、今度は逆に最初のものが変化する。
第2の曲線はさらに第3の曲線、いや後につづく他のあらゆる曲線との関係において、
みずからを変形してゆく。」注1
アンリヴァンデヴェルデ「工芸素人談義」
1902年ライピチッヒ ヘルマンゼーマン書店発行
我々はすでに、そこに、ヴィルヘルム・ヴォリンゲルの著作「抽象と感情移入」に
おけると同様、自律的、造形的構成の傾向をみとめる。
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momo***注1
この部分が前回石トウのところで説明した「一画紙に落ちれば衆画これに随う」
の表現と完全に一致する。これは又、我々が山水画を構築する場合の線と線の組み合わせ
と展開する方向を定め視覚の法則に基づいた作画過程の真っ只中の状態に一致する
董其昌の書画 P69 何恵鑑
”、、、、一画についての石トウの理論の先駆となっている。つまり筆によって
描かれた一画一画が内的なリズムとか動きを微妙だが活発に支配するという意味で
それらは生動の原理の具体化である”
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P80
"互いにさまざまに組合わさっており、そしてすべてが、画面全体のコンポジションに従属するような、
個々の形態の創造。こうして多くの対象は、画面のなかで、一つの大きな形態に従属せしめられ、また、
この形態に適合し、この形態を構成するように、変形させられる。"
P86
”こうして、個々の形態の柔軟性、いわゆる形態の内面的有機的な変更、画面上でのその方向(運動)、
一方では、これら個々の形態における具体性または抽象性の優位、他方では、大きな形態、
つまり形態群をかたちづくる諸形態の配列、個々の形態と、画面全体というさらに大きな形態をつくる
形態群との配列、、、、、、、、覆い隠されたものと、
顕わにされたものとの組み合わせ、律動的なものと非律動的なものとの同一画面での
組み合わせ、、、、、略、、、、、、/*その案内者こそ、内的必然性の原理なのだ。*/”
P92
”創造の真の魂である(またしたがって、その本質ともいえる)これにプラスすることの何かは、
感情によって、突然、創造のうちに吹き込まれないかぎり、理論によっては到底
創りだすことも、また見いだすことも出来ないものである。、、、、、、、略
/*そのような比例や秤は、芸術家の外部にあるのではなく、かれの内部にある。*/”
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カンディンスキーの芸術論 古い本
P122
”読者は絵画に対して与えられたる原理をこの場合にもただ適用して考えて欲しい。
然らばその霊の眼には未来の劇に対する幸福に充ちた夢が自ら現れて来るだろう。
この新しい国に於いて、暗黒なる処女林を通り、底無き深淵を超え、氷の山に登り、
眩惑すべき絶壁に懸かり、網の目の如く無限に開拓者の前に横たわっている複雑した道をば、
しっかりした腕で助けつつあるこの同じ案内人**内面的必然性の原理**が彼を指導してくれるであろう。”
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個々の形態と、画面全体というさらに大きな形態をつくる形態群との配列
律動的なものと非律動的なものとの同一画面での組み合わせ
山水画作成においてこの言葉が参考になる時があるかないか分かりません。
内面的必然性の原理、、謎のような言葉だ、、、