山中人饒舌と自画題語(竹田と玉堂の作画方法を考える)に戻る
浦上玉堂 画集 山陽新聞社
浦上玉堂の生涯 守安收
P128
「加えて、その空間構成の不思議さも見逃せない。山間の中にぽっかりと空地とも台地とも湖沼とも見える白い空間が点在する。これなど類例がないため他の作家との比較を試みるわけにもいかず******」
「さらに彼は明の李日華の言葉を援用し、玉堂は微茫惨澹の境地を理解していると称える。武田光一氏の言葉を借りれば、微茫惨澹とは、はっきりせず、薄暗い様のことであり、それもただぼんやりしているのではなく、紙や絹と墨の織りなす微妙なマティエールによって、含蓄のある絵画空間を現出することをいっているということになる。この妙境に届くために、古人は苦しみ、ある人は画面を拭い落として塗り直したり、ある人は細石で画面を擦るなどの努力をしてきたと竹田は述べるが、玉堂は**という独自性を突き詰めて微茫惨澹の境地に到達したものと考えられる。」
momo注 黄公望の山水構築の部品の一部、円柱様のものと思われる。その様に見えるように鑑賞者の視点を引き上げる効果がある。
玉堂画の魅力と特徴 川延安直
P132
伝統的筆法に囚れない自由な筆触を何度も重ねて墨を塗り込むことで得られる玉堂画の複雑微妙なマチュエールを竹田は微茫惨澹と表現したのではないだろうか。
例えば東雲*雪図の雪をはらんだ暗澹たる曇天の表現。墨を滲ませ、重ね、一筆ごとに空の深さを捉えようとするかの筆遣い。雪雲に覆われた空には、雲を透かした漏れる微かな光と厚い雲が生み出す影の微妙な移ろいが見事に表現されている。眼を前景の樹林に移せば、震え身悶えしながら伸び上がり、分裂を繰り返す不可思議な生物のような樹々が雪の中でひっそりと息づいている。薄暗い影の中、おぼろげに浮かび上がるがごとく、溶け込んでいくがごとく枝が幹が伸びている。樹枝と闇が溶け合い、薄い闇の中から樹々が生まれてくるような印象を与える表現もまた微茫惨澹の境に含まれるものではないだろうか。国宝にも指定されている東雲*雪図であるが、決して、伝統的な筆法に習熟しているとか、技術的に巧みな筆さばきを駆使した作品というのではない。試行錯誤を重ね少しずつ不器用なまでに筆を運ぶ、その繰り返しが一幅の世界を創造している。技術や理念ではなく鋭敏な感覚の力によって動かされた一筆一筆が、おのずから微茫惨澹の世界を生み出したのである。