山中人饒舌と自画題語(竹田と玉堂の作画方法を考える)に戻る

頼山陽書画題跋評釈

 竹谷長二郎著 明治書院
P123
口訳
そもそも黄大痴と倪雲林とは、ともに董北苑の礬頭法から悟入したものである。
そして倪はもっぱら側筆を用い、黄は正筆と側筆の両方を交えて、変化縦横である。
これが黄のもっとも学びがたい理由である。
語注
礬頭 皴の一種 山を描く画法で角ばった小石塊が重なった明礬の結晶のような皴をいい
董源が好んで描いた。
P163

黄鶴山樵は、篆隷の法を以って皴を為る


其の実は董源の礬頭披麻より脱化し来る。
口訳
評釈
黄鶴山樵の皴が、書の篆書・隷書の筆法によることは、竹田も「自画題語」の「倣諸家山水冊」の中で
「黄鶴山樵は古の篆隷の法を用って披麻皴を作る」と言っている。
ここではさらにその皴が「董源の礬頭披麻より脱化し来る」と董源に本づくことを言う。

P361 あとがき
上野の東京国立博物館で開催されている「中国絵画展」を観に行った。同展は米国のクリーブランド美術館とネルソン美術館の蔵品三百点近くを公開した特別展で、中国絵画のすべての流派のものを網羅したとは言い難いものの、その蒐集の豊富さには驚かざるを得なかった。これらは竹田、山陽が全く観ることが出来なかった名品である。私は会場で竹田が硝子越しに一点一筆も見落とすまいと眼を据えて見つめている様子、山陽が作品を時には凝視し、瞥見して嘯き歩いている様子を空想した。


定本日本絵画論大成 7巻

 高橋博巳編 ぺりかん社
P198-199
諸家に倣う山水冊

P549 解題 p234
竹田 自画題語(後編四)
我が画は、自ら娯しむに在って、人をして娯ましむるに在らず。毫を運ぶに矩度無く、
墨を行るに只だ模糊。秋容、水の冷ややかなるを知り、晩影、雲の孤なるを覚ゆ。
写し終わって看、且つ笑う。見るべし拙にして迂なるを。
P212
未だ成らずして、多事に遭いて廃棄す。*****毎日、間坐無事。是に於いて篋を開いて再び検し、
点染して功竣る。ただ筆墨拙鹵にして、工みならず。蓋し意は自ら娯しむに在って、人に出し示すに在らざるなり。

文人画論 浦上春琴

 「論画詩」評釈 竹谷長二郎著 明治書院
P77
筆法は必ずしも講せず、揮洒縦横に任す。
此の中自ずから法あり、只だ性霊を発するに在るのみ。

筆法は必ずしも問題とせず縦横に揮洒するようになった。
縦横に描くといってもこの間に自ずから法則があるので、
それはただ魂を現すことにあるのだ。
P80
もしこの意味を会得したならば、何もくどくど論じる必要はない。
P147
変化の妙を識らずんば其の見一偏に落ちん
之を工芸の外に求めてこの道始めて論ずべし
p158
後代の者は、自由の筆をふるうにはどのようにしたらよいであろうか。


田能村竹田 新潮日本美術文庫19 宗像健一著
22 暗香疎影図
長崎旅行以後は画面上で水を補うことはほとんどしなかった。
まず色を入れ、細線により淡墨を入れ、渇いて濃墨さらに焦墨を入れる方法をとった。
P82
黄公望の色の美しさを大切にする形**墨線は細線を基本とし淡墨から濃墨焦墨へと積み重ねて描く
****の浅絳山水の画法に強くその基礎を置いていることは明白である。
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江戸時代 人づくり風土記44 大分  農山漁村文化協会 
     豊後南画を完成させ人材を育成した田能村竹田 宗像健一
P294、295
高客聴琴図屏風 春秋山水図屏風****にはじつはまだ本当の的確性には欠けていました。

岩山や人物の人物の表現などに画法の未熟さが見られ、とくに岩山には不必要な墨線が
目立ちます。
P298
色を墨より先に入れること
竹田は**のほかは色を先に入れこれについてはかなりこだわりをもって画に臨んでいた
ように見受けられます。
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美術館を楽しむ46 大分市美術館 週刊朝日百科 
 田能村竹田 暗香疎影図 宗像健一
P5 竹田が作画を途中で止め、後、弟子が完成させた画などには、
樹幹に幅の2倍ほども代赭が入っているのを確認することができる。
大胆に、大雑把に、淡彩画では最初に色を入れる。これは竹田の画法のひとつである。
色を先に入れる画法は実は下描き兼ねたもので、
シワはあるいは「見当」として活用したものではなかったか。
板橋の左半分は上、右半分は下から見る形で描かれる。
従って、橋は裏側が上になったまま右側の岸に接続する。
実在感溢れる人物、筆力に富み、エネルギーに満ちる梅樹の表情などと比べると、
違和感を覚える稚拙な表現に見える。しかし、これが南画であり、竹田である。

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大分県先哲叢書 田能村竹田 資料集 絵画篇 大分県教育委員会
P70
97秋渓かん居図
玉堂琴士外無知此画之妙者
玉堂琴士の外、この画の妙意を知る者はいない。