画禅室随筆 福本雅一 他訳 日貿出版
p13
「李成は墨を金のようにおしみ、王洽は墨汁をとばして画をつくる。
画を学ぼうとする者は、つねに惜墨溌墨の四字を念頭に入れておけば
六法三品ということについて、大半以上を知ったことになる。」
p15
「潘子のような者らは、私の画を学んで、私にくらべればよりいっそう巧みである。
しかしながら皴法を用いる境地は、ともに語ることはできない。
画に六法があって、その気韻のようなものは、必ず生まれながらに知っているものである。
巧みであればあるほどそれから遠のいていく。」
P17
「古人の画は一辺より生じ去らず。今すなわちこの意を失う。
故に八面玲瓏の巧なし。但だ能く分ち能く合し、而して皴法以って
之を発するに足る。是れ了手の時の事也。」
上記和訳
「古人の画は、一部分から描きはじめるのではない。現今はすなわちこの意を失っている。
故に心中に何のわだかまりもないような巧みさがない。ただ筆をよく分けよくあわせ、
そして皴法を用いてこれをなしうる。これは筆をおえる時の事である。」
画禅室随筆 東洋画論集成による
p163
「潘子が輩、余が画を学び、余になぞらふれば更に工なり。
然れども皴法三昧、ともに語るべからざるなり。」
P164
「******************
而して皴法以って之を発するに足るは、是了手の時の事なり。」
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了手 しめくくる
了 1、終わる
2、わかる 理解する さとる
(副) まったく ついに
(助) 動詞の後におき動作の完了を表す
手 ある種の方法や手段、妙手、手法 手の中
”これは筆をおえる時の事である”
この部分の意味が理解できないため辞書を調べ私に理解できる解釈をしました
”是は、ある種の方法や手段、手法を理解し悟ることが完了した時のことである”
「ある種の方法」が求めるものであり「皴法を用いる境地」であり
誰も知らない方法であるに違いない。
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p50
補記
皴法
山石の襞(ひだ)を画き、立体感を表す画法。
芥子園画伝 参考