江山四季
中国元代の絵画
私は南画を習う早い段階でこの本に巡り会い、
南画を描く目的と制作過程の心理的な記述を興味をもって読みました。
ここにケーヒルの江山四季よりの紹介を一部分のみします。
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- ジェームス・ケーヒル著 新藤武弘訳 江山四季 中国元代の絵画 明治書院刊
黄公望
P104
動的かつ線的な構成
P105
けれどもこの筆致は黄公望の形の構成と同様に秩序立った意図的な反復である。
ひとつの描法が描法の上に重なっていく。うんせんは大きな形象を描出する場合に
使われるが、その上に董源風のひましゅんが置かれ、さらにその上に水平ないし
垂直の筆触の列が丹念に繰り返して並び、木やほかの植物を表現すると同時に
輪郭を和らげ量塊の上に静かな振動を起こす一種の視覚的なうなりとなって
心持ちよい安静感をを与える。
P106
しかしながら**黄公望の新様式の一つの重要な特色を説明する鍵が
ここに存するのであるが**その尾根は単純に纏った量塊ではなく、
力学的に相互作用をしている部分の集合体である。
したがってそれを纏めているもの、ないしは絵画全体の纏まりは、
静止状態ではなく、動的に展開していく。
P108
筆致は草々として時にためらい、時折、未完のままに残された表現もあるが、
それは欠点とはほど遠く、むしろこの画巻のひとつの主たる魅力として無限の新
鮮さの淵源となっている。黄公望はその制作過程で現実には稠密に描くべき個所
においてでさえ、努めて融通無礙な即興性を維持しようとしている。
P129
破格と正調との秩序ある混乱
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注P104「動的かつ線的な構成」
注P106「力学的に相互作用」「動的に展開」
とは南画入門による、三,四本の大分合により
画面を分割し分割した線を発展せしめ脈絡、転折、眼を自在に変化する
流れに従い入れ、それを胸中の山水に造り上げるという知的作業を示す
注P105
一つの描法が描法の上に重なっていくとは
入れた線を組み合わせることにより形を作りその形のリズムが
また別のところで表れる大なる形と小なる形が比例調和する。
意図的にする場合と自然に成り行き上そうなる場合と*****
又、この方法に熟達すると、入れる線と追加する線が線自体で
調和するようになる。線の組み合わせだけで調和する。
写生すると言うことは自然界の比例調和の部分を切り取って写している
ことになる。山を構築するに山の地質学的性質により岩の割れ方や
浸蝕の仕方に特有なものがあるとうり、山自体の形と周りの地形、山塊
とのリズムが一致する。
注
p108
筆致は草々として時にためらい、時折未完のままに
**これは下書きせず意に任せて、あるいは腕の振舞いに筆をまかせて天機を
得やすい状態としている。
未完のままでも、画人の心の中においてはすでに出来あがっている
イメージをことさら過剰に表現する必要もなく、自分の娯しみとしては
すでに完結したものなのです。
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雲林
王蒙
p136
北宋ないしそれより早い時期の山水画の影響により王蒙は丘壑を平行する無数の
皴によって構築しており内側の描線は外側の輪郭に呼応し大型の形象は小型
の形象に呼応しながら山は幾重にも重なり遠い地平線まで続く。
P137
最も驚異的な圧倒せんばかりの中国画の真作のひとつである。それはまったくの
弧本であって王蒙の他の作品もほかのだれの作品も、これが提示する概念を受け継いだ
ものは見当たらない。ある種の創造的な天分の異常な爆発の所産としか解し得ず
明らかに王蒙自身ですら繰り返すことが出来なかった。
P138
うなるようなムーブメントによって上方に構築して行き近くの対象が遠くの対象
と融けあう。
p139
「人物のいる家屋とその背後の竹林とは、表面上はこの絵の主題であり焦点であるにも
かかわらず、軽い筆致で寡黙なほどに平静に描かれる。王蒙の関心は明らかにそれを
縁どる形の樹木と岩の方にあり、それらに対してはまさに対照的に、ヴァンゴッホの
素描を先取りするかのように、情熱をこめ、半ば制御されたムーヴメントをもって、
波うち巻き込むような筆致で描き出される。
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