「皆さん、聞いてください。
 契約書に付いてのご不満は分かります、けれど今はその時じゃありません。
 戦いに勝たなきゃ、戦いに勝たなきゃまたお葬式ばっかり…あたし嫌です、嫌です!
 どうせなら葬式より結婚式やりたーい!」

私からの報告を聞いて艦長は表情を先程の怒ったような表情から真剣な表情へと切り替えました。
この辺りはさすがです、ですが言ってる内容は…まだ引きずってるんですね。
ですが艦長の言葉で反乱を起こしていた人達は納得して戦闘態勢へと移行されていきます。
こうしてナデシコの火星領域での戦いは始まりました。
それにしても大人達の契約ってなんか嫌です。
大人にはなりたくない…今日はそんなこと感じました。







ナデシコからエステバリス隊が順次発進していく。
そして最後に漆黒の機体がナデシコから滑り出していった、それはブラックサレナよりも大きくまるで戦闘機の様な感じの機体だ。
その機体こそアキトがウリバタケに依頼していた高機動ユニットを装備したブラックサレナだった。

「火星…すべてが始まりし地か……
 遂に俺は戻ってきた……いくぞ!」

そう呟いたアキトは火星をバックに艦隊を編成する木星蜥蜴に向かって愛機を突進させていった。
















機動戦艦ナデシコ -if-
-Revenger-


第8話 『勝利と敗北』
















現在火星の衛星軌道上では戦闘が繰り広げられている。
ナデシコから先行して出撃したエステバリス隊が無数のバッタに突っ込んでいった。
何れもプロスペクターが集めた一流のパイロットである、バッタ如きには遅れを取ることはない。

「いっくぜー!」

「ほーらお花畑〜♪」

「………ふっ」

「ゲキガン・フレアー!」

4機のエステバリスのディストーションフィールドによる高速度攻撃により戦場には無数の爆発が広がっていた。
そしてそのままの勢いでバッタを薙ぎ倒しつつ敵艦隊に迫っていくエステバリス…
しかしその中には闇色に彩られた死神が駆る機体は何処にも見ることが出来なかった。





眼前の宇宙空間で繰り広げられる戦闘をブリッジより若干緊張した面持ちで一人の老提督が見つめている。

「……」

「ご心配ですか?敵はグラビティブラストを備えた戦艦ですからねぇ
 大丈夫、その為の相転移エンジンその為のディストーションフィールド…そしてグラビティブラスト
 あの時の戦いとは違いますぞ?お気楽にお気楽に…」

「敵戦艦フィールド増大」

プロスペクターは緊張気味なフクベを落ち着かせるよう、彼にしか聞こえないよう静かな声で呟いた。
そしてその声にルリの状況報告の声が静かに重なる。




「何ぃ!?
 ちっ、奴らもフィールドか」

「死神が見えてきたわね」

「「「見えん見えん!」」」

ルリからの状況報告は敵艦隊の近くにまで接近していたリョーコ達パイロットにも届いていた。
未だバッタと交戦中ではあるが敵戦艦にもフィールドがあることが分かり若干の焦りを覚える彼女達だった。
そして冗談に聞こえないイズミの台詞にすかさず突っ込むリョーコ、ヒカル、ガイの3人…

「それよりどうするの?
 このままじゃ手詰まりだよ…」

「「「うーん」」」

さすがにバッタばかりと戦闘しているわけにはいかない、何しろ敵戦艦からは未だ続々とバッタ共が出てきているのだ。
何とか大元である敵戦艦を沈めないことには話にならない。
すがるようなヒカルの言葉に考える残りの3人…
その時、彼女達が居る敵陣の反対側で巨大な爆発が起こったのだった。

「な、何だ!?」







敵陣での爆発は当然ナデシコでも確認されていた。

「敵右翼の戦艦撃沈……アキトさんです!」

ルリの報告に騒然となるブリッジ…
敵戦艦のフィールドにより長引くと思われた戦闘であった、しかもリョーコ達が攻めあぐんでいた敵戦艦をいともあさっりと落としたのである。
これで騒ぐなという方が無理である、ユリカに至っては艦長の立場を忘れて飛び跳ねながら喜んでいる始末だ。
しかしその背後にいるプロスペクターの顔からは笑顔が消えていた。

「ルリさん、テンカワさんがどうやって敵艦を沈めた分かりますか?」

「はい、ちょっと待って下さい……。
 正面モニターに出します、超望遠の為分かり辛いですが…」

そして映し出された映像にその場にいた者は唖然とするしかなかった。










ナデシコを発進したブラックサレナ高機動タイプはリョーコやガイ達とは反対方向へと真っ直ぐに攻め込んでいった。
前方に立ちはだかるバッタ達ではアキトの駆るブラックサレナを止めることは出来なかった。
宇宙空間はある意味ブラックサレナの性能を100%発揮できるところである。
そして現在は高機動ユニットも装備している、バッタ如きに遅れを取ることはまずないといっていい。
その移動速度も従来と比べるとかなり上がっているのだ。

「目障りだ……消えろ」

その事をアキトも分かっているのだろう、ニヤリといった表現が似合いそうな感じに口元を歪めると自分に向かってくるバッタに対して鬱陶しそうに呟いた。
そして驚異的なスピードで敵が放ったミサイルを躱し、そのまますれ違ったかと思うとバッタ達は爆発四散してしまった、これもディストーションフィールドによる高速度攻撃なのだろう。
その勢いのままアキトは次々とバッタを破壊しながら敵艦隊に向かっていった。
戦闘を開始して僅かな時間で敵艦隊付近まで来ると、その背後に見える火星に目を向けるのだった。

「火星…俺の生まれ故郷、そして全ての元凶の地
 また戻ってこれるとはな…」

バッタを薙ぎ倒しながらもアキトは火星を視界に捉えながら呟いていた、その声は若干震えているようにも聞こえる。
そして暫く眺めていた故郷から目を離すと今度は眼前に展開している敵艦隊に目をやるのだった。

「俺の行く手を阻む奴は闇に呑まれるがいい…
 相転移エンジン、フルドライブだ…ミコト!」

《ready,master》

「邪魔だぁぁぁぁぁぁ!
 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


まるで氷のような冷たさを含んだ呟きを漏らすとアキトはAIミコトに向かって命令した。
そしてアキトの咆哮と共にブラックサレナはその全身に闇を纏うと敵戦艦に向かって突進していった。
まさに闇の塊と化したブラックサレナは敵戦艦のディストーションフィールドに接触するとまるでフィールド自体が
存在してないかの如くそれを貫いた…そしてその敵艦をも容易く貫いたのだった。
ブラックサレナに貫かれた敵艦はそこを中心に真っ二つとなり、周りにいた数隻の味方艦をも巻き込んで爆発四散してしまった。
そしてアキトはというと、一旦敵艦隊から離れると新たなる目標に向かって既に突進をしようとしているところだった。










「スバル達を退かせろ!このままでは爆発に巻き込まれるぞ!」

その光景を超望遠とはいえモニター越しに見たゴートはユリカに向かって咄嗟にそう言った。
ゴートの言葉により我に返ったユリカは急いでリョーコ達に敵艦隊から離れるように通信を送るのだった。



「ア、アキトの野郎…一体何やらかしたんだ!?」

「ヤマダくん、急がないとヤバイわよ!」

「だから俺はダイゴウジ・ガイだっての!」

敵艦の爆発とナデシコからの待避命令…パイロット達には現状が今ひとつ理解できていない為に
ガイは少々パニックになりながらもバッタを撃破しつつ敵艦隊から離脱し始めていた。
途中イズミに急かされはしたがちゃんと自己主張は忘れないガイであった。









「前方の敵艦、完全に消滅しました」

それから暫くしてルリの報告により敵艦隊が全滅したことが告げられた。
その間に一体何回の爆発が起こったのだろう…その度にアキトが危険な目にあっているのだ。
実際爆発が起こる度にルリは胸が締め付けられる思いだった。
早く彼に逢いたい…ルリは報告しながらもそんなことを考えていた。

「まさかこれ程とは…」

「アキト…すごーい、さっすが私の王子さまだね♪」

敵勢力圏内での戦闘に勝利してブリッジが騒然とする中でプロスペクターは半ばズレ落ちそうになった眼鏡を直しながら
自分がスカウトした男に今更ながらに恐怖するのだった。
その隣に控えているゴートも恐らくは同じ思いなのであろう、先程から一言も言葉を発することはなく依然としてモニターを見つめていた。
そんな彼らを余所に、ユリカは一人今にも踊り出しそうな勢いで喜んでいるのだった。







戦闘も終了し現在格納庫では帰還したアキトの周りに人だかりが出来ていた。
皆一体どうやって敵戦艦を沈めたのかを聞きに来ているのだった。

「おい、テンカワ…お前一体何やったんだ?」

「そいつぁ俺も聞きてぇな…
 一体何をどうやったら装甲があそこまでボロボロになるのかをよ」

そして皆を代表してリョーコがアキトに質問をすると、その後ろからウリバタケが姿を現してまるで睨み付るようにアキトに問い掛けた。
確かにウリバタケの言ったように主に前面ではあるが帰還したブラックサレナは高機動ユニット部分の装甲がボロボロになっているのだ。
恐らくはもう使い物にはならないかもしれない。

「大したことはしていない…ただ奴らに突っ込んだだけさ
 セイヤさんには前にも言ったよな、あれがサレナの真の力だ」

しかしアキトはそんなウリバタケの睨みも気にすることなくリョーコの質問に簡単に答えると
ウリバタケには彼にしか分からない返事を返すだけだった。

「なっ!?」

「戦艦のフィールドを破ったってのか!?」

しかしアキトのさり気ない言葉にもガイ達は反応した。
彼らが驚くのも尤もだろう、増大した戦艦のフィールドをいともあっさりと破ったのだから…
しかしウリバタケの方はそんな答えでは納得しなかった。

「それだけじゃねえだろうが…
 さっきルリルリに聞いたんだが、おめぇフィールドを前方向のみに展開させてたんだってな」

「「「「!!!」」」」

ブリッジの誰かに聞いたのか、ウリバタケには既に方法は分かっていたようだった。
彼が怒っている理由は恐らくその方法を取るために行った行為が許せないのだろう。
そしてウリバタケが怒っている理由を知って驚くパイロット達、そう彼らがその危険性を一番知っているのだから…
しかしそれでもアキトはウリバタケに対して怯むことはなかった。

「それは少しだけ違うな、さすがに俺もそこまで無茶なことはしない
 俺がやったのはフィールド全体の出力を下げて前方向に収束、更にそこへ重力波を圧縮したものを被せて展開したのさ
 それ自体はマイクロブラックホール並のエネルギーを持ってるからな、あの程度の戦艦のフィールドは簡単に貫ける
 まぁそのエネルギーをこっちのフィールドで押さえきれない分ユニット前部の装甲が浸食されるんだ
 それだけのことができるんだよ、このブラックサレナとミコトにはな…
 セイヤさんはもう気が付いているんだろう?この機体に小型の相転移エンジンが積まれている事に」

「あぁ、高機動ユニットの方は俺が整備したからな…
 そして恐らくは本体の方にもあるんだろう?合わせて2基ってところか?」

「ご名答、それだけの出力があればそういうことも可能なのさ
 ……まぁ問題があるとすれば高機動ユニットが使い捨てになるってことか」

「「「「「「な、何ぃーーーーーー!?」」」」」」

もはやアキトとウリバタケの会話に着いていくことが出来なくなった者が殆どだった。
分かることと言えば、アキトの愛機はまさに化け物の様な機体といったことであろうか…
そんな事を言ったらそのAIであるミコトは恐らくはふてくされてしまうであろうが。
しかし最後にアキトが言い放った言葉だけは全員聞き流すことは出来なかった。
そして格納庫にはその場に居た者の絶叫が木霊した、高機動ユニットのコストはエステ数機分だったりするのだ。
後にこの話を聞いて頭を抱えた人物が一人居たとか…










衛星軌道上での戦闘に勝利したナデシコは火星地表に降りる前にグラビティブラストを地上に向けて発射、敵の第2陣をチューリップごと殲滅した。
そして地上の敵が近くにいないことを確認した後、火星へむけて降下していくのだった。
無事火星に到着した後、地上班を編成して生き残りの人達の捜索を開始することになった。
そしてプロスペクターのひと言により、まずはオリンポス山にあるネルガルの研究施設へ向かうことになり
地上班のメンバーをゴートが発表することになった、そしてそれを見計らったようにアキトが口を挟んだ。

「すまんが俺は今回、単独行動させてもらう」

「なんだと?」

アキトの言葉に反応するゴート…
地上班にはアキトの名も含まれていたので当然かもしれない。
それに敵の勢力下で勝手に行動されては危険極まりないからだ。

「ユートピアコロニーに行ってくる…」

「生まれ故郷の?」

アキトはゴートに睨まれながらもそんな事を気にも止めずに単独行動をする目的を言うのだった。
そしてその言葉に反応したのはユリカだった、そこはかつて2人が幼かった頃に過ごした思い出の地である。
『生まれ故郷』…誰にも気付かれることはなかったがこの言葉に反応した人物一人だけ居た。

「あそこにはもう…何もありませんよ
 チューリップの勢力圏です」

「ああ、それはわかってる…
 だが少し見ておきたいんでな」

プロスペクターはアキトに諦めるように言うのだがアキトの意志も堅く曲げられそうにはなかった。
そして若干の沈黙の後、それまで静観していたフクベのひと言がその問題を解決させた。

「行きたまえ…
 故郷を見る権利は誰にでもある、若者なら尚更な」

この言葉に一番驚いたのはゴートとプロスペクターだった。
しかしお飾りとはいえ戦闘指揮権はフクベにある為、その彼の言葉に服従せざる得なかった。
そして渋々といった感じではあったがアキトの自由行動は認められた。

「すまないな、提督」

予想外の味方にアキト自身も驚きを隠せなかったが素直に感謝を述べるとその場を後にして格納庫に向かっていった。
そんなアキトを心配そうに見つめるルリだったがオペレーターである彼女がナデシコを離れるわけにはいかず
本当は着いていきたかったのだが今彼女に出来るのは彼が無事に帰還する事を祈ることだけだった。
そしてコッソリとアキトに着いていこうとしたユリカがジュン達に見つかって地上班が発進するまでお説教されたのはまた別の話…



















ブラックサレナに乗り一人ナデシコを離れたアキトはユートピアコロニーに到着していた。
そして幼かった頃の記憶を頼りに様々な場所を歩いていた、何処も瓦礫の山と化してはいたが…
しかし彼にとってはそれでもよかった、あの事件以来の生まれ故郷である懐かしくないはずはない。
両親や幼なじみとの思い出が頭の中を過ぎるも最後に思い出されるのはあの忌々しい出来事だった。
母親を失った悲しみ、そして冷たくなっていく自分…だが今のアキトにはネルガルに対してさほど恨めしい感情は残っていなかった。
何故なら彼にはそれ以上の対象が出来てしまったから…

「そこに隠れている奴…出てこい」

「…あなた、後ろに目でも付いてるの?」

物思いに耽っていた自分の背後に気配を感じたアキトはマントの中から銃を抜き振り返りざまにそちらに向けると、静かだが力の含んだ声を掛けた。
すると両手を上げながら柱の陰から出てきたのは恐らくは火星の生き残りであろう…人間だった。
その人物は気付かれることはないだろうと思っていたのか若干驚いた声をあげて出てきた。
表情自体はフードとゴーグルの為によくは分からなかったが…

「火星の生き残りか…まさかこんな所に居るとはな」

アキトは少し驚きながらも銃をマントの中に戻すとその人物に近づいていった。
相手もアキトが敵対する意志がないと分かると、上げていた手を下ろし声を掛けた。

「ふぅ、殺されるかと思ったわ…まぁそれは兎も角
 ようこそユートピアコロニーへ、歓迎すべきかせざるべきか…
 何はともあれコーヒーぐらいはご馳走しよう」

そういってフードとゴーグルを外した下から出てきたのは知的な表情をした金髪の若い女性だった。
アキトは彼女に連れられて生き残りの人達が居るシェルターへと向かった。

そこにはアキトの予想よりも多くの人達が居た、その誰もが疲れ切った顔はしていたが生きる意志というモノは感じられた。
そして彼らはリーダー格と思われる女性が連れてきた人物を好奇の目で見つめていた。
何しろアキトの格好が格好である、余計に興味を引くのだろう。
広い部屋の片隅まで行くと女性はアキトにコーヒーを手渡した、そしてあちこちのコロニーの生き残りがここの地下に集まってることを説明してくれた。
アキトもナデシコで生き残りの人達を救出しに来たと説明するのだった、しかしその女性の返事は…

「乗らないわよ」

「ほぉ何故だ?」

「説明しましょう♪」

「………」

きっぱりと救出を断った女性を訝しげに見ながら理由を尋ねるとその女性は何やら嬉しそう説明を始めた。

「たった一隻の戦艦で火星から無事に帰れると思ってるの?敵はまだまだいるのよ?
 それに相転移エンジンよ、今ナデシコは地表に居るんでしょう?」

「あんた…一体何者だ?」

「私はその相転移エンジンとディストーションフィールドの開発者のひとり
 イネス・フレサンジュ、で、わかりやすく言うと」

「ネルガルの人間か…」

目の前の女性の言うことは尤もなことだった…地表では相転移エンジンの反応は悪すぎる
それにここ火星ではナデシコには味方は居ない、敵勢力下での艦隊戦になれば明らかに不利なのだ。
衛星軌道上での戦いはブラックサレナの力により圧勝であったが地表ではそうはいかない…
アキトにはイネスの言いたい事は分かるのだが、自分一人で決める事柄ではない。
そして2人の問答はまだまだ続くかと思われたが突然起こった振動によって会話は途切れる事となった。
その振動の原因を確かめに地表へと向かうとそこにはナデシコが着陸していた。

「よほぉ〜い、アキト、アキト〜
 やっぱり心配だから飛んで来ちゃった♪」

「ちっ、あいつ…ジュンが居て何で止められないんだ
 すまんがあんた達の意見は直接言ってくれ、ネルガルの人間ならプロスペクターは知っているんだろう?」

「そう…彼も来ているのね、わかったわ」

ナデシコから聞こえるユリカの声を聞いて彼女の軽率さに舌を打ちつつも、イネスをナデシコに連れて行くいいタイミングではあった。
そしてイネスもプロスペクターを知っていることもあり乗船に同意するのだった。













「つまり…とっとと帰れと、そういうことかな?」

「私たちは火星に残ります、ナデシコの基本設計をして地球に送ったのは私…
 だから私には分かる、この戦艦では木星蜥蜴には勝てない!そんな戦艦に乗る気にはなれないわ
 それにあなた達は木星蜥蜴について何を知っているの?あれだけ高度な無人兵器がどうして作られたか
 目的は?火星を占拠した理由は?」

アキトの案内によりイネスがブリッジに到着し、現在話し合いが行われている真っ最中だ。
そしてフクベの言葉に対してイネスは乗船拒否の理由を何やら嬉しそうに説明している。
しかしあくまで交渉は彼らの仕事、と言わんばかりにアキトは何やらミナトの側に行き内緒の話をしている。
何かを頼んでいるように見えないでもないがクルーの殆どは話し合いの方に集中している為に誰もその事を気にしていなかった。
唯一気にしているといえばルリだろう、何やら機嫌の悪そうな顔をしてアキトとミナトの方を盗み見ている。

「信じてくれないのか!俺達をよ!」

いい加減まとまりそうもない話し合いが嫌になったのかガイが苛立ったかのようにイネスに対して叫んだ。

「君の心、ちょっとだけ解説してあげようか?
 少しばかり戦いに勝って、可愛い女の子と仲良くなって俺は何でも出来る
 若いってだけで何でも出来ると思ったら大間違いよ?誰でも英雄になれるわけじゃ…」

そんなガイを見てイネスは彼に向き直り、彼の隣にいたメグミと見比べるとそう言い切った。
まさか反撃されるとは思っていなかったのか、ガイはイネスのあまりの迫力に気圧されてしまった。
もはやこれ以上の問答は無用という状況になった時、艦内に非常警報が鳴り響くのだった。

「敵襲です。大型戦艦5、小型戦艦30」

非常警報により急に慌ただしくなるブリッジ、ルリの報告により敵の規模はすぐに判明した。
そしてその後のユリカの反応は早かった、先程イネスに言われたことが頭にあったのか
ここでナデシコの力を見せれば生き残りの人々を救出できると考えたのだろう。

「グラビティブラスト、フルパワー!
 てぇー!」

ユリカの号令によりナデシコより解き放たれる漆黒の奔流…
敵艦隊に命中したそれは巨大な爆発を引き起こした。

「やったぁ♪」

「「「「「えぇ!?」」」」」

爆発をみてユリカは嬉しそうに喜んだがそれはホンの一瞬の出来事だった。
煙が晴れたそこから見えるのは依然と変わらぬ敵艦の姿だった、この事実に衝撃を受けるクルー達…
プロスペクターやゴートにしても同様に驚愕の表情が浮かんでいた。
そんな中イネスとアキトの2人だけがさも当然と言わんばかりに平然とした表情だった。

「グラビティブラストを持ちこたえた…」

「敵もディストーションフィールドを使っているのよ、お互い一撃必殺とはいかないわ」

「40キロメートル前方、チューリップより敵戦艦更に増大」

驚愕の表情で呟くユリカに対してイネスが冷静に突っ込む。
そしてルリの報告はナデシコクルーを更に愕然とさせるものだった。

「な、なにあれぇ?なんであんなに入ってるの?」

「入ってるんじゃない…出てくるのよ途切れることなく
 あのたくさんの戦艦はきっとどこか…別の宇宙から送り込まれてくるのよ」

チューリップから続々と出てくる戦艦を見てパニックになりかけるミナトに対してイネスは依然と冷静にその疑問に対して説明するのだった。
しかしその彼女の表情にも若干の驚きの色が含まれている…そしてその間にも敵戦艦は増大していっている。

「敵のフィールドも無敵ではない、連続攻撃だ!」

「は、はい。グラビティブラスト、スタンバイ」

「それは無理だ、忘れたのか?ここは地上だ
 グラビティブラストを連射するには相転移エンジンの反応が悪すぎる」

放心しているユリカに向かって叫ぶゴート、その言葉に反応してユリカは行動しようとしたが
アキトのひと言によりそれが不可能であることがわかるのだった、まさに絶望的に不利な状況である。

「ディストーションフィールド!」

「待って!今フィールドを発生させたら艦の真下の地面が沈んでしまうわ
 ここには生き残りの人達が居るのよ?」

攻撃がダメなら防御…そう思ってユリカはフィールドを張るように指示しようとするがイネスの一言によりそれも出来ないことが判明する。
しかしこれに対してミナトから助け船がユリカに出された。

「大丈夫よ、艦長!
 もうナデシコはフィールドを張っても大丈夫なくらい上昇してるから!」

「えっ!?いつの間に…」

ミナトの発言にその場にいた全員が驚かされることになった。
そんな指示を出していなかったユリカも当然驚いている。

「フフフ…艦長達が話し合いをしてる時にアキトくんに頼まれたのよ。
 責任は俺が取るからルリルリ以外には気付かれないようにナデシコを上昇させておいてくれ
 その方が不測の事態にも対処しやすいからって言われてね〜♪」

「アキトが…」

役に立てたことが嬉しかったのかミナトは笑顔でナデシコを動かした理由を答えた。
理由を知ってユリカは感心する他なく、その事をミナトに指示したアキトを若干驚きを含んだ表情で眺めた。
そしてその張本人はルリの側で戦況を静観している。

ちなみに何故ルリ以外はなのか…
ナデシコをほぼ一人で掌握しているルリの目を欺くのはまず不可能、要するに何をやってもバレるからだ。


「何をしているユリカ!早くナデシコを後退させろ!」

「敵艦に重力波反応、来ます!」

アキトの叱責する声とルリの報告により我に返るユリカ…
戦場では一瞬の気の緩みが命取りになる、今回がまさにそれであった。
フィールドを張ることはできたが僅かに後退が遅れたのだ、そして一瞬遅れてナデシコは激震した。
何十隻もの戦艦から一斉に放たれたグラビティブラストの直撃を受けたのである。
如何にディストーションフィールドを展開しているとはいえ防ぐ事の出来るエネルギー量は限られている、当然全てを防ぐことは出来なかった。
そして…

「シェルターが…」

イネスの掠れたような言葉に気付き地表を見ると、そこは先程の攻撃の余波であろうか…大地はえぐられ破壊し尽くされていた。
恐らくはナデシコのディストーションフィールドが幾らかの重力波を弾いた結果そうなってしまったのであろう。
それを見たブリッジクルーは誰一人として動くことが出来なかった。
だからこそ、その時アキトがとった行動には誰も気が付くことはなかった。

「敵艦、更に重力波反応!」

「最大船速で後退だ!」

「艦長命令がまだ、え!?」

そして沈黙漂うブリッジにルリの報告が響き、ゴートが後退するよう叫ぶが未だ艦長の命令は下されない。
その事を告げるルリの言葉が途中で途切れた…背後からコンソールに触れてきた手に驚いた為だ。

「ア、アキトさん!?」

「フィールドを維持しつつ後退する、俺達までここで死ぬわけにはいかないからな…」

振り返ったルリは背後にアキトが居ることに驚いた、しかも彼は現在コンソールを使ってナデシコを動かそうとしているのだ。
その事にルリ以外のクルーも驚いていた、オモイカネに命令できるのはルリだけだと思っていたからだ。
だが幾らアキトと言えどもパイロット用のIFSではナデシコのAIであるオモイカネのオペーレーティングはできない。
だからこそルリは気が付くのだった、アキトの手の甲に浮かんでいるナノマシンの印がルリのモノともパイロット用のモノとも違うことに…
そしてすぐ側にあるアキトの顔を見上げてみるとバイザーに隠れて非常に見え辛いが瞳があるところにうっすらとナノマシンの奔流が流れていることに…

そしてナデシコはフィールドを維持しつつ後退を始めた、地下シェルターに居る人々を見殺しにすることで…
しかし敵艦隊の攻撃は凄まじくナデシコはかなりのダメージを負うことになってしまった。
その後、我に返ったユリカの指揮によりなんとか敵の追撃は躱す事に成功した。











「彼の賢明な判断に助けられたわね、艦長
 いずれにせよ、あなた達は英雄にはなれなかったというわけ
 どのみちあれだけの攻撃だもの、恐らくは最初の一撃で地下に居た人達は…」

状況が落ち着いた後のイネスのさりげない言葉はクルーの皆に重く響き渡るのだった。
そしてイネスは興味深げに先程オモイカネを操った青年を見つめていた、これはある意味科学者としての性かもしれない。
その青年…アキトは現在壁際にもたれ掛かって火星の風景を眺めている。

こうしてナデシコは当初の目的を果たすことなく、もはや大気圏を離脱する力をも失い火星の大地を迷走するのだった。





あとがき



こんにちわ、双海 悠です。
今回は普通に後書きを書いてみました(笑)

さて、遂にイネスさん登場です♪
一応このお話での彼女の設定は年齢的に若くしてます、ミナトさんより1歳上(23)ということにしていますので(核爆)
この話にはアイちゃんが存在してませんから、普通に育って飛び級で大学を卒業した天才科学者という設定となります
当然火星生まれ火星育ちです、他はまぁそんなに変わってないかな?
もちろん説明好きだけは変わりません(笑)

それにしても今回は最初と最後で少々考えました
両方とも2通りのパターンがあってどっちにするかで…
内容的にはさほど変わらないんですけど、描写が全然変わってきますから
このお話が完結したら加筆修正するかもしれませんがまだまだ先の話ではあります(苦笑)

それにしてもジュンくん…出てきませんね(爆)
う〜ん、何とかしないと(^^;
何れ彼にも活躍してもらわないといけないなぁ…

それでは次話の火星脱出のお話にて…
でわでわ〜




おしまい


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