「彼の賢明な判断に助けられたわね、艦長
 いずれにせよ、あなた達は英雄にはなれなかったというわけ
 どのみちあれだけの攻撃だもの、恐らくは最初の一撃で地下に居た人達は…」

状況が落ち着いた後のイネスのさりげない言葉はクルーの皆に重く響き渡るのだった。
そしてイネスは興味深げに先程オモイカネを操った青年を見つめていた、これはある意味科学者としての性かもしれない。
その青年…アキトは現在壁際にもたれ掛かって火星の風景を眺めている。

こうしてナデシコは当初の目的を果たすことなく、もはや大気圏を離脱する力をも失い火星の大地を迷走するのだった。


















機動戦艦ナデシコ -if-
-Revenger-


第9話 『悲しみの別れ』
















「現在我々は敵のグラビティブラストの集中攻撃を受け、現在エンジンは出力は半分フィールドは弱まり重力圏も抜けること叶いません。
 果たしてこれからどうすべきか……ですがその前に一つ確認しておきたいことがあります」

そう言ってプロスペクターは壁際に寄り掛かっているアキトの方を振り向いた。

「テンカワさん…一つよろしいですかな?
 何故あなたがこのナデシコのコントロールができたんでしょうか?」

「それ、私も興味あるわね」

プロスペクターの質問に同意を示すイネス、一科学者として気になるのだろう…
そして声には出さなかったものの、その場にいる全員がアキトに注目した。

「……その事か」

全員の視線を集めたアキトといえば、プロスペクターのした質問に対して如何にもくだらない…といった風に呟きながら
普段は絶対に外すことのないバイザーに手をやった。
これからアキトがしようとしていることに気が付いたルリは心配そうに彼を見つめている。
そして遂にクルーの前でアキトの素顔が晒された。

「「「「!!!」」」」

「その瞳は…!」

「ルリルリと同じ?」

「まさか…あなたもマシンチャイルド?」

アキトの素顔…正確にはその瞳を見て全員が驚き、言葉を無くした。
視覚障害…この事は以前アキト本人の口から聞いていた、しかし言葉で聞くのと実際に見るのでは全然インパクトが違っていた。
彼のその瞳は瞳孔が完全に開ききっていた、恐らくバイザーを掛けていない今は殆ど何も見えてはいないだろう。
だが驚くべき事はそれだけではない、彼の瞳の色が本来ではあり得ない色をしていたからだ。
彼の持つ金色の瞳は遺伝子操作を行った証、つまりアキトもホシノ・ルリ同様に遺伝子操作をされた人間という事なのだ。
そしてその事に最も早く気が付いたのはプロス、ミナト…そして具体的に指摘したイネスだった。

「残念だが違うな
 俺はただの偶然…そう、偶然の産物なのさ」 

「偶然?」

再びバイザーを掛け直し、イネスの方に向き直ったアキトはまるで自分に言い聞かせるかの如く彼女の質問に答えた。
そして当を得ないアキトの答えに首をひねるイネス。

「あぁ、兎に角、俺のIFS処理能力はルリと大差はない筈だ。
 だからこそナデシコを動かせるしブラックサレナも乗りこなせる、まぁおかげでコイツも変わったモノになったがな」

しかしアキトは詳しくは語る気はなかったのか当初のプロスペクターの質問に対する直接的な答えを言うと
その証に自らの手に浮かび上がったナノマシンの印を皆に見せた。

「私達のと微妙に違うね〜」

「私のとも違います」

「………」

アキトの手に浮かび上がる印を見てヒカルが自分の手と見比べ、同じようにルリも自分の手と見比べるのだった。
そんな中、唯一イネスだけがその印を見て目つきを険しくするのだった。

「そういうことでしたか…
 わかりました、詳しいことはさておき、取り敢えずこの件に関しては良しとしましょう。
 ですが今後、いかなる理由があろうと勝手にナデシコの操作を行わないでいただきたい。
 これだけはお願いしますよ?」

「…あぁ」

大体の理由が分かった為かそれともこれ以上の詮索は無理と判断したのか、プロスペクターは話を打ち切ることにした。
一応今後の為に同じ事をしないようにずり下がった眼鏡を上げながらアキトに念を押した。
アキトも特に異論があるわけでもなく、その事に承諾するとその場を後にした。








未だ驚きが醒めないブリッジでは今後の事についてが検討されることになった。
そんな中、コッソリと抜け出してきたイネスが食堂で食事を採っていたアキトに話しかけてきた。

「あなた、テンカワ博士の息子なんですって?
 聞いた話じゃ10年前に家族全員行方不明って聞いてたけど?」

「…色々あってな」

自販機で買ったのか、飲み物を持って隣に座ったイネスの不躾な質問に顔を上げることなくアキトは簡単に答えた。

「そう…でもよくこの船に乗る決心したわね」

「それはネルガルの…という意味か?
 それともあの老提督の元で…という意味か?」

特に答えを期待していたわけでもないのかアキトの返事をサラリと受け流すと予め用意していたのかイネスは新たな質問をした。
アキトは顔を上げると彼女の質問に対して質問で返すのだった。
バイザーをしている為にアキトの表情は伺えないが、もしかするとイネスを睨んでいるのかもしれない。

「両方よ」

「……今の俺にとってはどうでもいいことだからな、どちらも」

そんなアキトの視線を気にする風でもなく、イネスは若干表情を厳しくすると即答で返事をした。
そして彼女を暫く見つめた後、アキトは椅子にもたれ掛かり呟くように答えるのだった。

「…大人なのね」

「そんなことはないさ…
 それよりも済まなかったな、シェルターの人達を助けられなかった」

アキトの言葉を聞いてイネスは苦笑いしながら呟いた、もしかしたら呆れているのかもしれない。
そしてその呟きを軽く否定するとアキトは彼女に対して謝罪した…
前の戦闘で巻き込まないで済んだはずの生き残りの人達を死なせてしまったことに罪悪感があったのかもしれない。

「貴方のせいじゃないわ、どっちにしろあの状態じゃどうにもならなかったわよ。
 それに…なんていうのかな、あたしはここがちょっと人と違うみたいなのよね。
 あ、勘違いしないでね、ハートって意味」

「…変わってるのは分かるが?」

恐らく目の前の青年からはまず連想できない言葉が飛び出したので若干驚きの表情をしていたイネスだったが
表情を穏やかなものにすると先程のことでアキトを責めることはなかった…
そして言葉と共に自らが手を置いた豊かな胸にアキトの視線があることに気が付くとサラリと訂正をした。
そんなイネスの言葉に動じることもなくアキトはこちらもサラリと言い返すのだった。

「あら、随分な言われようね…まぁいいわ
 兎に角、悪いとは思うけど死んだ人達はあたしにとってあまり興味がないのよ…
 そうねぇ…強いて言うなら今一番興味があるのはあなたかしら」

期待したリアクションが見れなかったのが残念だったのか、それともアキトの言葉が心外だったのか…
イネスは少しだけ表情を曇らせると死んだかつての仲間達への心情を告白した。
しかし突然イタズラっぽい表情を浮かべ至近距離に顔を近づけるとアキトに対する興味をも示すのだった。
その距離僅か数センチ…見方によればキスをする直前にも見えかねない。

「ちょっと二人近付きすぎ!プンプン!」

そのまま見つめ合うこと数秒、突然2人の間に現れたウインドウに驚いたイネスはパッとアキトから離れた。
そしてそのウインドウには可愛く頬を膨らませたユリカが映っていた。

「何か用か?」

「あ、そうそう大変なの!
 イネスさんもアキトもブリッジに来てください」

そんなことにもまったく動じることもなく、アキトはユリカに問い掛けた。
そして用件を思い出したのか、ユリカは艦長の表情に戻ると伝達事項を2人に伝えた。
その慌て方を見て2人は何かが起こったと判断し、急いでブリッジへと向かうのだった。










現在ナデシコのブリッジには主要クルーが集まっていた。
木星蜥蜴の攻撃により火星地表を迷走しているナデシコの前に地球でチューリップに吸い込まれたはずの
護衛艦クロッカスが発見されたのでそれについて議論する為だ。
そして何故火星に…という疑問についてイネス・フレサンジュが簡単に説明した。

「前にもご説明したようにチューリップは木星蜥蜴の母船ではなく一種のワームホール、あるいはゲートだと考えられるわ。
 だとしたら地球で吸い込まれた戦艦が火星にあっても不思議ではないでしょう?」

何か質問は?と言いたげにその場にいる全員の顔を見渡すイネス…
そんな彼女に向かって更なる疑問を口にしたのはゴートだった。

「では地球のチューリップから出現している木星蜥蜴はこの火星から送り込まれているのか?」

「そうとは限らないんじゃない?
 同じチューリップに吸い込まれたもう一隻の護衛艦の姿がないじゃない、出口が色々だと使えないよ」

だがゴートの疑問に答えたのは意外にもミナトだった、彼女の指摘したことはその場にいる全員を唸らせる結果となった。
もしゲートとして使えるなら…と考えていただけに落胆の色は濃かった…
ブリッジ内にしばし沈黙が漂うも、それを破ったのはプロスペクターだった。

「やはりここは当初の予定通りということで…
 ナデシコがこれから向かう北極冠、この氷原にはネルガルの研究所があります。
 運がよければ相転移エンジンのスペアがあるはずです」

彼のこの一言でナデシコの今後は決定した、更にフクベの指示によりエステバリスで先行偵察を行うことにもなった。
この先行偵察にはリョーコ、ヒカル、イズミの3人が抜擢され偵察に向かった。
途中、新型の無人兵器に襲われはしたものの辛うじて撃破する事に成功、偵察任務の方も遂行することが出来た。
その結果、研究所の周りにはチューリップが配置されていることが偵察から帰ってきた彼女達の報告により判明した。

「周囲をチューリップ5基か…
 厳しいですね」

「しかし、あそこを取り戻すのがいわば社員の義務でして
 みなさんも社員待遇であることはお忘れなく…」

すべての報告を聞いた後、ジュンが誰に聞かせる風でもなく状況の厳しさを指摘した。
それを聞いてか聞かずかその場に居る者の雰囲気は重くなっていった…
そしてそれに追い打ちを掛けるようにプロスペクターの言葉が更に重くのしかかっていった。

「俺達にあそこを攻めろって?」

プロスペクターの言葉を聞いて彼を睨み付けるリョーコ、何しろ現在の状況では勝率はゼロに等しかったのだから…
もしこの時、ブラックサレナの高機動ユニットが使えれば状況は一変していたのかもしれないが
あれは衛星軌道上の戦いのおり使用して既に使い物にならなくなってしまっていた。
仮に使えたとしてもここは地表である、相転移エンジンの特性を考えれば不利な状況は変わらない。
それを踏まえた上でのプロスペクターの一言である、しかしユリカがプロスペクターの作戦を否定した事とフクベの新たな作戦提案により最悪の事態は免れた。




そして現在、アキト、イネス、フクベの3人はクロッカスに乗り込みブリッジを目指しているところだった。
取り敢えず動くかどうか確認する為に調査に来ているのだ。

「このクロッカスが消滅したのは地球時間で約2ヶ月前…
 でもこの様子じゃどうみても2ヶ月以上、いえもっと長く氷に埋まってたみたいね。
 ナデシコの相転移エンジンでも火星まで1月半掛かったのに…」

「チューリップは物質をワープさせるとでもいうのかね」

ブリッジまでの道すがらイネスがクロッカスの状況を分析している。
その言葉に反応したのはフクベだった。

「ワープという言葉はちょっと…
 ただ私が調べた範囲ではチューリップから敵戦艦が現れる時、必ずその周囲で光子、重力子などボース粒子
 すなわちボソンの増大が計測されています、もしチューリップが超対称性を利用してフェルミオンとボソンの…」

フクベの問い掛けに何故か嬉しそうに語り始めるイネス…
もはや科学者くらいでなくては分からないような専門用語を並べ始め嬉々として説明をしていたが
突如現れたバッタによって中断されてしまう。
しかし姿を現したとたん、アキトの正確な射撃によって頭部を破壊されてしまうのだった。

「急ごう…嫌な胸騒ぎがする」

バッタが動かなくなったことを確認するとアキトが不意に呟き、そして同じ思いに駆られたのか3人は急いでブリッジに向かっていった。
そしてブリッジに到着すると、クロッカスの機能がまだ生きていることを確認した。
フクベが手動で操船出来ることを確認していたが、噴射口に詰まっている氷が邪魔である為にアキトとイネスに除去を頼むと
2人は外へ作業を行いにブリッジを出ていった。
ブリッジに残されたフクベは一瞬思い詰めたような顔をしたが次の瞬間には何かを決意した表情を浮かべていた。

「これぐらい露出していれば問題ないけど…」

「なんだ!?」

「ブラックサレナ退け!浮上するぞ!」

表に出て作業をしていたアキトとイネスの2人がおおそよの作業を終わらせたとほぼ同時に突如大地が揺れクロッカスが動き始めた。
そしてそれと同時にフクベからのまるで叫ぶような通信が入った。

《master、敵艦隊が急速に接近してきています。
 如何なさいますか?》

「思った以上に早いな…
 イネス、一旦ナデシコに戻るぞ!」

目の前で起こった事態にさしものアキトも驚いているとミコトが敵の接近を報告した。
そして瞬時に状況を理解し舌打ちすると、ナデシコに戻ることをイネスに告げブラックサレナの進路をナデシコに向けた。




一方ナデシコの方ではクロッカスが動いたことに全員が喜んでいた。

「クロッカス、浮上します」

「おぉ〜充分使えそうじゃないですか」

ルリの報告を聞いたプロスペクターなどは特に喜んでいた。
しかしその喜びもつかの間、突然クロッカスが主砲をナデシコに向かって撃ってきた。
幸い砲弾はナデシコの手前に着弾して事なきを得たが、直撃していれば今のナデシコではどうなったか分からなかっただろう。

「現在の状態ならクロッカスでもナデシコを貫くことは可能だ」

「どうされたんです、提督!」

攻撃の直後、正面モニター映し出されたフクベの言葉にナデシコクルーは衝撃を受けた。
皆が呆然としている中プロスペクターがフクベに向かって呼びかけた、すると返事の代わりに航路図が送られてきた。

「前方のチューリップに入るように指示しています」

「チューリップに?」

「何の為だ…」

ルリが送られてきた航路図の進路を皆に報告したが、チューリップに入るという意図が分からずミナトとゴートはしきりに首を傾げていた。
フクベの行動に未だ戸惑っていたクルーだったが、そんな中突如非常警報が鳴り響いた。

「左145度、プラス80度、敵艦隊急速接近」

「二つに一つ…ですね
 このまま敵艦隊やクロッカスと戦うか、チューリップに突入するか」

「じゃあチューリップかなぁ〜」

「なぁに言ってるんですか!無謀ですよ!
 損失しか計算できない!」

敵艦隊の接近を告げるルリ、そして自分たちの状況を理解し残された選択肢を口にするジュン。
その選択肢を耳にしあっさりとチューリップを選んだミナトの言葉を聞いてプロスペクターが騒ぎ始めた…どう考えてもチューリップに入るのが躊躇われたのだろう。
何しろ目の前のチューリップから恐らく出てきたであろうクロッカスの乗組員は誰も居なくなっていたのだから…

「ルリちゃん、アキトに帰還命令を!
 ミナトさん、チューリップへの進入角度を大急ぎで!」

「艦長!それは認められませんな!
 あなたはネルガルとの契約に違反しようとされています。
 優位な位置を取ればクロッカスを沈めることも…」

それまで沈黙をしていたユリカがフクベの示した通りチューリップへの進入をしようとミナトに指令を下すとそれを聞いたプロスペクターは猛烈に反対するのだった。
しかしその反論を聞いたユリカは逆にプロスペクターを叱責するのだった『自分が選んだ提督が信じられないのか』と…
この言葉にはさすがのプロスペクターも言葉を失うしかなかった。
そしてユリカの指示通りに着々と作業はこなされていった…そんな中、ルリの悲鳴のような報告がブリッジに響き渡った。

「艦長!アキトさんが再出撃しました!」

「えぇ!?」

ルリの報告が示す通り、モニターには出撃していくブラックサレナが映し出されていた。
これにはユリカも驚きを隠しきれず二の句を告げることが出来なかった。
そして誰しも唖然としている中、アキトからの通信が入ってきた。

「敵の動きが思った以上に早い、クロッカスだけでは防ぎきれんだろうからな…
 お前達は早くチューリップに入れ!
 いいか、ディストーションフィールドの出力を絶対に落とすな!いいな!」

「そんな…アキトさん」

アキトからの通信は一方的なものだった…チューリップ進入後の注意だけを告げると通信を切ってしまった。
そんなアキトの通信を聞いた後、ルリはモニターに映し出されている戦いを呆然と眺めながら彼の名前を呟いた。
その後も何とかアキトとの通信を行おうとメグミが頑張って呼びかけてはいたが、返事は返ってくることはなかった。
ナデシコはチューリップに進入する為に徐々に移動しているが、その周りでは壮絶な戦闘が行われていた。
敵艦隊は徐々に包囲を狭めつついたがフクベの操るクロッカスが何とか粘っていた。
敵無人兵器に至ってはアキトの攻撃により殆どナデシコに近付くことはなかった。
しかしそれほど事は簡単に進むことはなかった…

「敵艦より重力波感知!…来ます!」

ルリの報告と同時にもの凄い衝撃がナデシコを襲い、ブリッジ内は悲鳴が響き渡る。
側面に廻りつつあった敵艦がナデシコに向かってグラビティブラストを撃ってきたのだ。
現在のナデシコにはグラビティブラストの直撃を防ぎきるほどの防御力は存在していない…
そしてその砲撃はブリッジ付近を直撃するはずだったのだが被害状況をみると殆どダメージを受けていなかった。
その事を不思議に思い更に被害状況を調べ始めたルリの表情は次第に真っ青になっていった。

「アキトさん!」

そう…先程の攻撃が直撃しなかったのはブラックサレナがナデシコの盾となることでグラビティブラストを反らした為だった。
しかし、如何にディストーションフィールドを装備したブラックサレナといえども所詮は機動兵器である、戦艦の攻撃をまともに喰らっては只で済むわけはない…
正面モニターに映し出された漆黒の機体は所々火花を散らし、煙を噴きながら徐々に高度を下げていっていた。
そして深手を負ったブラックサレナに向かって敵無人兵器は殺到していった。

「ミナトさん、急速反転!
 アキトを回収します!」

「ダメだユリカ!君はテンカワの気持ちを無駄にするつもりなのか!」

「ジュンくん…でも、でもアキトが!」

誰もが唖然とする中、ユリカが即座に指示を出したがジュンがそれに反対した。
ユリカもジュンの言いたい事は分かっていた…分かってはいたがどうしても納得が出来なかった。

「ここで反転したらテンカワが体を張ってナデシコを守ってくれた意味がなくなる!
 それにクルー全員の命が掛かってるんだ、君一人のわがままでみんなの命を危険に晒すつもりなのか!」

「でも…でも!」

ジュンの言うことは尤もなことだった…
一人のパイロットの命と数百人のクルーの命、天秤に掛けれるものではない。
ユリカにもそれは分かってはいたがアキトに対する感情がどうしても邪魔をしていた。

「ジュンの言う通りだ」

「「アキト(さん)!」」

ユリカとジュンの口論が決着しようとしたその時、アキトからの通信が入ってきた。
そしてそれと同時に周りに殺到した敵無人兵器を巻き込んで大爆発を起こすブラックサレナ…
この瞬間、誰しもが最悪の状況を思い浮かべ息を呑む、ルリとユリカは涙を浮かべ悲鳴を上げるのだった。
だが爆煙の中から突如ブラックサレナではない一機の機動兵器が勢いよく現れた。

「あれは…まさか……プロトタイプ!?」

その機体を見て、遥か昔に図面でしか見たことのない幻の機体を思い出すプロスペクター…

「アキトさん!早くナデシコに!」

「ダメだ!
 今俺が戻れば防御が手薄になる、お前達だけで行くんだ!」

同じようにその機体を見て、我に返ったルリはアキトに通信を送るが返ってきた返事はつれないものだった。
その言葉が示す通りブラックサレナよりもエステバリスに近いその機体は未だ敵無人兵器との戦闘を繰り広げている。
そして戦闘もブラックサレナのようなハンドカノンを使った遠距離攻撃ではなく拳やナイフを使った近接戦闘になっていた。

「そ、そんな…」

「ダメ!アキトを残してなんか行けないよ!」

「ジュン!お前なら分かるはずだな!」

アキトの言葉を聞いて絶句するルリ…そして頑なに拒否するユリカ…
そんな彼女達の反応を見て舌打ちすると、ジュンに向かって叫ぶのだった。

「テンカワ………
 ミナトさん、艦長は冷静な判断が出来ない状態です。
 副長の権限で命令します、このままチューリップへ進入してください」

「……了解」

ジュンはアキトの言葉を聞いて苦渋の選択をするのだった…
そしてミナトもアキトとジュンの気持ちを酌んで指示を受け入れた。

「ジュンくん!それにミナトさんまで!
 そんなこと絶対にダメーーーーー!」

「スマンな2人とも…」

「気にするな」

「そうよ、だから…絶対に生き残って!」

「わかった…」

その状況をみて絶叫するユリカ…しかし、ゴートに羽交い締めにされるとそのままブリッジ外に連れ出されてしまった。
ブリッジの様子をモニター越しに眺めながらもアキトは苦渋の選択を選ばせたジュンとミナトに謝るのだった。
アキトの謝罪を聞いて苦笑いを浮かべ首を振るジュン、そして生き残れと言うミナト…
そんな2人の言葉を聞いて口元を弛ませるアキトだった。

「アキトさん…もう、逢えないんですか?」

「そんなことはない
 地球で逢おう、ルリ…」

「約束…しましたよ?アキトさん」

「あぁ…」

2人の会話が終わるとモニターにはルリが映し出された、そして彼女は涙を流しながらアキトに語りかけた。
そんなルリにアキトは優しい言葉を掛け一つの約束をした、その約束にルリは涙を流しながらもはにかみながら確認をするのだった。
そして約束が交わされたとほぼ同時に通信が切れてしまった…ナデシコがチューリップに入ってしまった為だ。

《ナデシコ、チューリップに入りました》

「テンカワくん…
 君を巻き込んでしまったな、済まない」

「俺は俺のやりたいことをしただけだ、それに死ぬ気はないんでな」

ミコトの報告により完全にナデシコはチューリップに入ったことが確認された。
その事にアキトが満足そうにしていると、クロッカスのフクベから通信が入った…
巻き込んでしまった事をフクベが謝ってきたのでアキトはそれを責めることはなく自分の意志で残った事と死ぬ気がないことを告げた。

「そうか…決して死ぬんじゃないぞ
 ナデシコを…頼む」

《クロッカス、チューリップの手前で反転、停止しました》

アキトの返事を聞いて嬉しそうに頷くと通信は切れてしまった。
その後すぐにミコトの通信によりクロッカスがチューリップの前に陣取ったことがわかった。

《クロッカス、チューリップ共に消滅…》

しかし直後にクロッカスが撃沈されたことが報告された、その爆発はアキトにも視認する事ができた。
この場に残ったのはアキト以外には見渡す限り敵艦隊と無人兵器しかいない。
これからたった一人の戦いが始まる…

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

そしてアキトの駆る新たな漆黒の機体は彼の咆哮と共に敵の真っ只中に飛び込んでいった……




あとがき



こんにちわ、双海 悠です。
こんにちわ、アシスタントのホシノ・ルリです(ペコリ)
悠:アキトくん…居残りです(爆)
ル:何て事するんですかー!(怒)
悠:でも別れ際、なかなかいい雰囲気だったでしょう?
ル:た、確かにそれはそうかもしれませんが…
  それにしたって何も…
悠:問題ない…(キッパリ)
ル:くっ、何処ぞの髭親父みたいに…
  ところで外伝とか書くんですか?この後のアキトさんとかで
悠:あっはっはっ、書くわけないじゃないですかー
  とてもじゃないけど余裕ないですし、ネタもないですから(苦笑)
  余程よいネタでも浮かんだらもしかするかもしれませんけど
  どっちにしろ今後の話の方を優先します
ル:やっぱりそうですか…期待した私が馬鹿でした
悠:くっ、酷い言われようだね…(汗)
ル:ホントのことだからしょうがないですよ
  ところで…プロトタイプってなんですか?
悠:あぁ〜あれね、プロトタイプってのは最強だからね、基本的に(爆)
  詳しい設定は次に活躍する時にまとめて書こうと思います
ル:……安直(ボソッ)
  ちなみに名前はあるんですか?
悠:ありません!(キッパリ)
  プロトタイプですもの、必要ありません(笑)
ル:まぁそういうことにしておきましょう
悠:あはは(汗)
  それではまた次回のお話にて…
ル:失礼します(ペコリ)





おしまい


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