「アキトさん…もう、逢えないんですか?」
「そんなことはない
地球で逢おう、ルリ…」
「約束…しましたよ?アキトさん」
「あぁ…」
2人の会話が終わるとモニターにはルリが映し出された、そして彼女は涙を流しながらアキトに語りかけた。
そんなルリにアキトは優しい言葉を掛け一つの約束をした、その約束にルリは涙を流しながらもはにかみながら確認をするのだった。
そして約束が交わされたとほぼ同時に通信が切れてしまった…ナデシコがチューリップに入ってしまった為だ。
《ナデシコ、チューリップに入りました》
「テンカワくん…
君を巻き込んでしまったな、済まない」
「俺は俺のやりたいことをしただけだ、それに死ぬ気はないんでな」
ミコトの報告により完全にナデシコはチューリップに入ったことが確認された。
その事にアキトが満足そうにしていると、クロッカスのフクベから通信が入った…
巻き込んでしまった事をフクベが謝ってきたのでアキトはそれを責めることはなく自分の意志で残った事と死ぬ気がないことを告げた。
「そうか…決して死ぬんじゃないぞ
ナデシコを…頼む」
《クロッカス、チューリップの手前で反転、停止しました》
アキトの返事を聞いて嬉しそうに頷くと通信は切れてしまった。
その後すぐにミコトの通信によりクロッカスがチューリップの前に陣取ったことがわかった。
《クロッカス、チューリップ共に消滅…》
しかし直後にクロッカスが撃沈されたことが報告された、その爆発はアキトにも視認する事ができた。
この場に残ったのはアキト以外には見渡す限り敵艦隊と無人兵器しかいない。
これからたった一人の戦いが始まる…
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
そしてアキトの駆る新たな漆黒の機体は彼の咆哮と共に敵の真っ只中に飛び込んでいった……
機動戦艦ナデシコ
-if-
-Revenger-
第10話 『涙の再会』
ネルガル重工本社にある会長室…そこに一人の若い女性が入ってきた。
そして部屋の中央にある椅子に腰掛けていた青年が入ってきた女性に声を掛ける。
「今日も綺麗だね〜エリナくん」
エリナと呼ばれた女性はいつもの事なのか、青年が言った言葉を気にする風でもなく彼の前まで行くと簡単に用件だけを伝えた。
「ナデシコが火星を去りました。
多大なる被害を受けて…」
「ふ〜ん、やっぱりね…
プロジェクトはB案に移行か、仕方ないね」
彼女の報告を聞いても青年はまったく驚く素振りを見せることはなかった、寧ろ予定通りと言わんばかりの口振りで呟いた。
そして目の前にあるインターホンに手を伸ばそうとしたその時、逆に呼び出し音が鳴り響いた。
あまりのタイミングのよさに青年は軽く驚いてはいたが、すぐに受話器を取り上げた。
「もしもし、僕だ。
……………………………ほぅ、わかったすぐにそっちへ行くよ。
丁重に彼を保護しておいてくれ、くれぐれも粗相のないようにね」
最初は緩みきった表情をしていた青年が恐らくは掛かってきた相手の用件を聞いた辺りからだろうか
普段はあまり見る事のない真剣な表情になり、そして受話器を元の場所に置くとそのまま黙り込んでしまった。
そんな彼の行動が気になったのかエリナは何があったのか直接青年に問い掛けた。
「一体どんな用件だったんですか?」
「ふっ、ふははははははははははははははは!」
「か、会長!?」
自分が声を掛けた途端に今度はいきなり笑い始めた目の前の青年…ネルガル重工の若き会長なのだが…を訝しげに見つめながらも
再度問い掛けるのだった。
「いや〜ゴメンゴメン、こればっかりは笑わずにいられなかったんでね。
たぶん君も聞いたら驚くよ、これはどうやらプランを新たに考え直す必要があるかもしれないねぇ
兎に角、膳は急げだ。詳しい話は道すがらするよ」
「行き先はどちらですか?」
「ん?研究所さ、うちのね」
そういって2人は会長室から足早に出て行くのだった。
青年の方は何やらウキウキしながら、そしてエリナはそんな青年の姿を未だに訝しげに見つめながら…
8ヵ月後、第4次月攻略戦
現在月軌道上では地球連合軍の艦隊と木星蜥蜴の艦隊が向き合い、今まさに戦闘の火蓋が切って落とされようとしていた。
そして連合軍側からの主砲が合図となって戦闘が開始された。
僅かの間の撃ち合いによってお互数隻の味方艦が落とされたようだったがほぼ互角の戦いだった。
今までは連合軍側が守備的面に置いて不利だった為に長期戦に縺れれば圧倒的に不利だったのだが
今回は状況が違っていた…そう、連合軍側の戦艦にもディストーションフィールドが装備されていたのだった。
これは8ヶ月ほど前にネルガル側からナデシコの件で和解したいとの連絡があり、連合軍側もそれに応じた為に
相転移エンジンの技術協力があった為だ。
これにより戦況は一変、徐々に木星蜥蜴を数に勝る連合軍が圧倒していった。
そして今回の月攻略戦である…
ここ第二艦隊旗艦、グラジオラスの艦橋では艦長らしき人物が目の前に広がる戦場を静かに見つめていた。
そこへオペレーターからの焦りを含んだ声が艦橋全体へ響き渡った。
「チューリップに重力波反応確認!
ヤンマサイズ以上の戦艦、来ます!」
「何ぃ!?」
「来るなら来い!
いざとなればグラジオラスをぶつけるまでだ!」
オペレーターの報告を聞いて艦橋は騒然となった…
現在の戦力比はほぼ互角、ここへ増援が送られてきた場合はその均衡が崩れこちらが敗退するのは明らかだった。
艦長もそれがわかっているのだろう…いざとなれば自身を犠牲にする覚悟を決めた。
そこへオペレーターにより更に報告が入り、チューリップへと全員が視線を送った。
そしてそこから現れた戦艦に皆の表情は驚きへと変わった。
「あぁ!?
まさか…あれは!?」
「「「「「ナデシコ!?」」」」」
そう、目の前にあるチューリップから現れたのは約10ヶ月前、地球より火星へ向けて飛び立ったナデシコだった。
だがその姿は以前見た時に比べて恐らくは戦闘の被害によるものなのだろう…ボロボロに変わっていた。
そしてナデシコを吐き出したチューリップは許容サイズが合わなかったのか直後に周りの味方艦を巻き込んで爆発を起こした。
その光景を暫し呆然と眺めていたグラジオラスの艦長は直ちに指示を出し始めた…ナデシコを援護するようにと。
通常空間へと復帰したナデシコ艦内は現在非常灯の明かりしか灯っていなかった。
ほぼすべての乗組員が気絶しているようで誰も動く様子がなかった。
そんな中、最も早く意識が戻ったルリが現在の状況を確認し始める。
そして通常空間への復帰を確認すると未だ意識の戻らない他の乗組員達に呼びかけ始めた。
「本鑑は通常空間に復帰しました、座標現在調査中。
皆さん起きてください、起きてください」
ルリの声により、一人また一人と気が付き始めていた。
そして先程から調べていた現状が正確に把握できたルリはさすがに驚きを隠せなかった。
未だ気を失った乗組員を起こす為に呼びかけているのでそれと共に自分の持ち場での警戒を呼びかけた。
更に先程からブリッジに姿の見えないユリカをようやく見つけ出し、幾つものウインドウを開いて直接呼びかけることで彼女を起こすことに成功した。
そしてルリはやっと目を覚ました彼女に向かって簡単に現状を報告すると問いかけた。
「通常空間に復帰しました。
艦長、何でそこに居るんです?」
「え?」
ルリの言葉に目を丸くするユリカ…
どうやら本人もよく分かってないような雰囲気だった。
何しろ彼女が今いる場所は展望室である、確かに意識がある時はブリッジに居た筈なのに
何故か先程までそこで気を失っていたのである、しかも隣にはイネス・フレサンジュの姿もあった。
そして記憶を呼び起こそうと考え込み始めたユリカに再度呼びかけてみるが返ってきた言葉はユリカらしいあっさりとしたものだった。
「艦長?」
「取り敢えず、外の様子見せて?」
「はい。展望室のスクリーンに状況を投影します。
現在ナデシコは月付近を漂流中、前方には連合軍の艦隊がいます。
ちなみに本艦は木星蜥蜴の真っ只中です」
「えぇ〜〜〜〜〜〜!!!
直ちにフィールド出力を上げてこの宙域を離脱!
グラビティブラストのチャージが済み次第、木星蜥蜴に向けて広域放射!」
スクリーンに映し出された状況とルリの報告を聞いて一瞬取り乱したユリカではあったがその後に出された指示は現時点では最も的確なものだった。
そして被害を最小限に抑えてナデシコは木星蜥蜴の後方…つまりは味方のいる反対側の宙域へと逃れた。
それから暫くしてほぼ全員が意識を取り戻し、今後の対応を練ることになった。
「ルリちゃん、現在の戦況は?」
「現在、連合軍と木星蜥蜴との戦闘はほぼ互角のものと思われます。
ですが木星側にはまだチューリップが数基健在です、これにより戦力比がいつ変わってもおかしくはありません。
もしあちらに増援があった場合、連合軍の勝利はまずないと思われます。
ですが現時点でナデシコが参戦した場合、連合軍は優位に戦局を進めることができると思います」
ルリの報告を聞いてもユリカ、ジュン、ゴート、プロスペクターの4人は判断に迷った。
何故ならナデシコ自身が満身創痍な為に今後の戦闘に耐えられるかどうかが分からないのだ。
フィールド出力も先程の敵艦隊の只中から離脱する際に受けたダメージで安定しなくなっており
早急な修理を行わないと通常航行にも障害が出る恐れが出てきていた。
それに何より、ナデシコ最大の武器であるグラビティブラストも出力が6割程度に落ちているのだった…
状況を考えれば直ちにこの宙域を離脱して、遠回りになってでも地球へと向うべきだったのだろうが
目の前で味方が戦っている、しかも先程敵艦隊の只中から離脱する際に援護までしてもらっている。
その事が迷いを生じさせている最大の理由だった、そしてこの数瞬の迷いが戦闘中では命取りになることがある。
「敵チューリップより重力波感知」
「ユリカ!」
ルリの報告によりナデシコの取れる選択肢はもはや決まった。
ユリカに判断を仰ぐジュンの声がブリッジ内に響き渡る…
戦力比が傾く以上、例えここで離脱しようとも敵艦隊は別働隊でナデシコを追撃させるだろう。
ならば連合側と挟撃する方が勝率は高い、一瞬のうちのそう判断したユリカは第一戦闘配備を艦内に告げた。
「敵、第二陣来ます!」
ブリッジ内にルリの静かな声が響き渡る、そして戦闘態勢を整えたナデシコはエステバリスを順次発進させた。
リョーコが駆るレッドの機体を先頭にイエロー、ブルー、そしてピンク色の機体が次々と漆黒の宇宙空間へと飛び出していく。
「各自散開、各個撃破!」
「作戦は?」
「状況に応じて!」
「「「了解!」」」
ブリッジではエステバリスの様子は逐一報告されるようになっている。
そして現在は小さめではあるが各パイロットの顔がウインドウ表示されていた。
エステバリスを展開させながらリョーコが指示を出し、ヒカルがそれに問い掛ける。
それに対するリョーコの気合の篭った言葉に他の全員からも気合の篭った言葉が返ってくる…
ユリカはそんな様子を視界の隅に収めながら各クルーに対して指示を出していた。
「本艦はフィールドを維持しつつそのままで
グラビティブラストのチャージは忘れずに!」
「「了解」」
打てば響くような返事がミナトとルリから返ってくる。
しかし彼女達の顔には明らかに緊張した表情が浮かんでいた、それはユリカも同様だった。
恐らくはこの場にいる全員が思っているだろう、ここにアキトが居れば…と。
だが誰もその事を口にするものは居なかった、これからはずっとアキト抜きで戦い抜かなければいけないから
そして彼を火星まで迎えに行かないといけないから…
そろそろエステバリス隊が敵の先方である無人兵器群との戦闘に入ろうかという頃になって
ユリカはふと思い出したように先程の一件を疑問に思い始めた。
「それにしても…なんであんなところにいたんだろう?」
そんなユリカに後ろからプロスペクターが近寄り、小声で話し掛けた。
「あの〜艦長、ちょっとお話が…
本社がお話したいと…」
「社?」
戦闘中に…とは思ったが雇い主である為にユリカは渋々とプロスペクターに同行することにした。
とはいえ、それもジュンの事を信頼している為であり、もし彼がこの場に居なかったらまず動くことはなかっただろう。
兎に角、ユリカは暫くこの場をジュンに任せるとブリッジを出ていくのだった。
星の輝き以外に目に映るのは数機の味方と無数の敵機…圧倒的に不利な状態であるのは誰の目にも明らかだった。
だがヒカルはそんな事に臆することなく敵機の群れに向かって行く。
そして狙いを定めてラピッドライフルを数発放った後、愛機のフィールド出力を最大まで絞り上げ敵機の群れの中を駆け抜けた。
「いっただき〜」
以前までならこの攻撃で彼女が思った通りの撃墜数が望めたのだが今回はそうはいかなかった。
その事に一番驚きを隠せなかったのはヒカル本人だった。
「え〜うっそ〜!
10機中3機だけ!?」
そして彼女の攻撃で一時的にフィールドの弱くなった敵機を正確にライフルで射抜き、サポートしたイズミが冷静な状況分析をしてみせる。
「バッタくんもフィールドが強化されてるみたいね」
「進化するメカ!?」
イズミの言葉を聞いて驚きを隠せないヒカル…
だがそれに対して逆に闘争心を燃え上がらせたのはリョーコだった。
「上等じゃねぇかぁ…
どつきあいだったらこっちのもんだ!」
元々中遠距離を得意とするヒカルやイズミと違ってリョーコは近接戦闘を得意としている。
今回遠距離からのライフル等のビーム兵器は完全に敵のフィールドに弾かれている為、近寄っての直接攻撃に頼るのが一番だった。
これはまさにリョーコの十八番である、そしてもう一人これを得意とする熱血漢がナデシコには居る。
しかし今回その人物からの反応がまったくないのを不思議に思ったヒカルが彼に通信を繋ぐとその表情が焦ったものに変わった。
「ヤマダくん!?もしもしもしもーし!」
ヒカルの目の前に映し出されたガイの表情は焦り以外の何でもなかった。
そして普段なら絶対に名前の事で言い返してくる彼がまったくその余裕がないのである。
それから連想されることは唯一つ、彼の危機である。
同じようにその事に気が付いたリョーコがガイに向かってすかさず通信を入れた。
「ヤマダ!?待ってろすぐいく!」
一方ナデシコの方でもルリの報告によりこの事に気付き、それを聞いたメグミが真っ青な表情になり
まるで叫ぶかのようにリョーコ達に救いの手を求めた。
そのリョーコ達もすでに彼の元へ凄まじい勢いで向かっていた為に余裕もなく、乱暴な言葉でしか返事ができなかった。
「ヤマダ機、完全に囲まれてます」
「早く救援を!」
「もう向かってるよ!」
リョーコ達3人はまさに鬼神の如き勢いでガイの元に向かっていった。
3機のフィールドの相乗効果なのか彼女達が通り過ぎた後には動いている無人兵器はなく、尽く爆発していった。
しかしリョーコ達が現場に辿り着いた時、そこにはガイの機体を小脇に抱えるようにして
恐らくはカスタム機であろう青色のエステバリスがその場に佇んでいた。
周りには無人兵器の残骸らしきものが多数漂っており、目の前のエステバリスがガイを助けた事は間違いなかった。
慎重にではあるがリョーコ達が彼らに近寄ろうとした時、青色のエステバリスは片手を前に広げ彼女達が近寄ってくるのを制した。
「戻りたまえ、ここは危ない。
全員離脱したまえ、さぁ!」
「誰だ貴様ぁ!」
その言葉が気に障ったのか、リョーコは高ぶった感情を爆発させた。
だがその直後、頭上を幾線もの漆黒の奔流が通り過ぎ、周りにいる木星蜥蜴の艦隊を薙ぎ払ったのだった。
当然この事はナデシコの方でも確認されており、ルリの報告に全員が息を呑んだ。
「敵、2割方消滅」
「うっそー!?」
「第2波感知」
ミナトが驚きの声を上げている最中に、更にルリの声が被った。
そして目の前では次々と敵艦隊は宇宙の藻屑へと変わり果てていった…
その光景を見てゴートが心当たりがあるのかボソリと呟いた。
「多連装のグラビティブラスト…」
「え?それじゃあ…」
そしてちょうど彼の近くにいたジュンがそれを聞きつけ、今目の前で起こっていることが味方によるものだと確信する。
その光景は敵艦隊が完全に消滅するまで続き、結果として月攻略戦は地球側の完全勝利で終わったのだった。
戦闘も終了し、出撃していたエステバリスがそれぞれ帰還してきていた。
幾らかダメージを被っていたヤマダ機もすでに帰還しており、本人は検査をする為に医務室に運ばれている。
何とか無事に帰還した姿をみてメグミが涙したのはいうまでもないことだ、現在ガイに付き添って医務室にいるはずだ。
そして最後に格納庫に入ってきたのはあの青いカスタム機だった、それを見たウリバタケが嬉しそうな声を上げて近づいていく。
「おぉ〜〜〜!?
なんだなんだこのフレームはぁ?
新型かよ、おい」
それを遠目で眺めていたリョーコとヒカル不満の声を上げていた。
「しかし新型なんて何時作ってたんだ…」
「あたしらのエステちゃんが最新バージョンだって
聞いてたのにずるいよねぇ、プンプン!」
その声が聞こえたのだろう…青いエステバリスのコクピットが開き、中からパイロットが出てきた。
そしてリョーコ達に向かって声を掛けた。
「それは誤解さ。君達が火星で消えて8ヶ月…
地球側も新たな力を得たというわけさ」
「誰だお前?」
「ふっ、僕はアカツキ・ナガレ…
コスモスから来た男さ…」
頭上から掛けられた声に対してリョーコは逆に訝しげに問い掛けた。
そして男は自分の名を告げると爽やかな笑みを浮かべそれを見たパイロット3人娘は頬を赤らめるのだった。
その頃、艦長のユリカはというと…
「いいかね、艦長?今の提案を受け入れてくれることを我々は期待する。
さもなければナデシコはグラジオラス以下の連合宇宙軍と木星蜥蜴の挟み撃ちだ…」
「はぁ…と、申されましても…」
未だプロスペクターと共にネルガル本社と会話中である。
しかも何やら妙な提案を持ちかけられ思案しかねているようだった。
そんなユリカに助け舟を出すプロスペクター。
「ん〜まぁここはひとまずみんなと相談ということで」
「そうだな、ではまずナデシコをコスモスに収容しよう」
その事には異存なかったのか代表して話していた男は簡単に了承した。
そしてユリカは男の言った固有名詞が気になって聞き返すのだった。
「コスモス?」
「そう…ナデシコシリーズ2番艦、コスモス」
そんなユリカの問い掛けに男は惜しげもなくコスモスの説明をユリカに始めた…
それから暫くしてナデシコの眼前に巨大な戦艦が姿を現した。
その大きさはナデシコの数倍以上もあり先程の多連装のグラビティブラストもこのコスモスからのものだった。
そしてこのコスモスは艦首部分がドッグになっておりナデシコはその部分に収容され、火星で受けた傷を癒す事となった。
ここで時間の余裕も出てきた為にナデシコのメインクルーを集めて今までの状況を整理する。
当然説明するのはこの人、先程まで展望室で眠っていたのだが漸く目を覚ましたイネス・フレサンジュである。
「チューリップを通り抜けると瞬間移動するとは限らないのね。
少なくとも火星での戦いから地球時間で8ヶ月は経過しているのは事実。
ちなみにその間にネルガルと連合軍が和解し、新しい戦艦を造って月面を奪回。
で、あたしの見解では…」
「おーっと、それはまたの話で…
で、ネルガル本社は連合軍と共同戦線を採るということになってまして
ねぇ艦長?」
イネスの説明が長くなりそうな予感のしたプロスペクターが絶妙なタイミングで彼女の会話を中断させて
先程本社から伝えられた内容を全員に話し、それをユリカに振る。
一方話の腰を折られた方は何やら不機嫌そうな顔をしているが、それを知ってか知らずかプロスペクターは彼女の方に
顔を向けることはなかった。
「えっと…それに伴いナデシコは地球連合海軍極東方面に編入されます」
一瞬虚を衝かれたユリカは最初言い淀んだが先程の話が事実である事を告げた。
それを聞いて声を上げるメグミ…そしてミナトが批判的な声を上げる。
「えぇ〜?」
「あたし達に軍人になれっていうの?」
「そうじゃないよ
ただ一時的に協力するだけ」
「誰あんた?」
そんなミナトにいつに間に入ってきたのかアカツキが答えたが
彼を知らない彼女はいきなり口を挟んできた軽そうな男に訝しげな目を向けた。
「アカツキ・ナガレ…ただの助っ人さ。
ホント…君のような人には無骨な軍隊は似合わないんだけどねえ」
「火星は?」
「そうですよ!火星にはまだアキトさんが!」
最後の方の軽口は無視してミナトは再びプロスペクターの方に視線を向け問い掛けた。
そしてそれに反応するかのようにそれまで俯いたまま話を聞いていたルリもプロスペクターに視線を向けアキトの事をあげた。
この時のルリの表情は何かにすがるような表情をしていた。
しかしプロスペクターから返ってきた言葉は悔しいかなある意味最も正論であった。
「……もう一度乗り込んで勝てますか?
確かにテンカワさんの事は気になりますが…
勝てなくても何度でもぶつかるなどということになんの価値もありませんし
そして何より、皆さんの命も掛かっていることですので…」
この一言により場は静寂に包まれてしまったがどうしても納得できないものがあるのかジュンですら声を上げるのだった。
「戦略的に見れば連合軍と手を組むのは妥当かもしれない、でも!」
「あぁ〜その事なんだけどね…
彼、もうこっちに来てるんだけど…」
「「「「へ?」」」」
話がアキトの事に触れた為、先程ミナトに無視されて以来黙っていたアカツキが爆弾発言をする。
その言葉を聞いてその場に居た全員は惚けたような声をあげ、それとほぼ同時にブリッジの扉が開いた。
そしてそこには彼らが最後に見たときと同じ格好…漆黒のマントとバイザーを身に着けたテンカワ・アキトが立っていた。
「どうやら全員無事のようだな…」
その場でブリッジ内を見渡し全員が無事であることを確認するとアキトは安心したように呟くのだった。
そして誰もがそんなアキトに対して声を掛けようとするのだがうまく言葉にならないのだろう。
誰一人として声を上げる者も動く者もいなかった、ただ一人を除いて…
『ぽふっ』そんな擬音が似合いそうな勢いで漆黒のマントに銀色のツインテールが舞った。
そう、一人だけアキトの姿を見て即座に反応できたのはルリだった、そしてアキトに抱きつくと彼の胸板を叩きながら涙を流した。
「バカ、バカ、バカバカバカ…」
その光景を見てようやくその場に居た全員の時間が動き始めた。
「テ、テンカワ!?何故…ここに……
お前は火星に………」
まるで全員の疑問を代弁するかの如く言葉を発したのはゴートだった。
自分に抱きつき未だ泣いているルリの頭を優しく撫でながらアキトは顔を上げ、そしてクルー達の表情を見て苦笑せざるを得なかった。
その顔はまるで幽霊でも見たかのように驚愕の表情をしていたからだ。
「どうしたんだ?まるで幽霊でも見てるみたいだな。
心配しなくてもちゃんと足は付いているぞ?」
若干おどけたようにゴートの問い掛けに答えてはみたがクルー達の表情は未だ変わらない。
どうやらユリカも再起動しアキトに向かって抱き付こうとしたようではあったがミナトとプロスペクターに見事なまでに押さえ込まれて
身動きが出来ずに何やらモゴモゴと不満の声を上げていた。
そしてそれらの様子を見てアカツキは後ろの方で何やら一人、盛大に笑いこけていた。
それらの様子をみて埒が明かないと思ったのかアキトはため息を一つ吐くと今までの経緯を語り始めるのだった。
・
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・
・
・
・
「つまりはこういうことね?」
アキトの説明が終わり次は自分の番とでも言わんばかりに今度はイネスが状況を纏め始めた。
「私達がチューリップに消えた後、フクベ提督を乗せたクロッカスは撃沈…その余波であのチューリップは消滅。
行き場をなくしたあなたはその場を逃げ切ることに何とか成功、あなた…とんでもないわね。
で、今度は火星に一人取り残された状況を打開する為に北極冠の研究所にあった5基のチューリップに向かった。
そして当然あなたを探知したチューリップは無人兵器を出してくる、その一瞬の隙をついて私たちを同じように
チューリップ内部に侵入…運良く地球に、しかも都合よくネルガルの研究所にあるチューリップに辿り着いたってわけね、私達より8ヶ月も早く」
イネスは一息つくと最後に一言付け加えた…『まさに奇跡ね』と。
そしてその視線の先には泣き疲れてしまったのだろう、自分の胸の中で眠ってしまったルリを抱き抱えているアキトの姿があった。
その目は完全に科学者のものであり若干の疑問の眼差しをアキトに向けていた、彼女なりに幾つか納得のいかないところかあるのだろう。
そんな視線に気が付いているのかいないのかアキトは彼女の説明に頷くだけだった。
実際のところ、幾つかは違うところはあるのだがアキトはすべてを語った訳でもなかったので
イネスの疑問は尤もなのかもしれない、だがそんな事を知る由もない他のクルー達は素直にアキトの帰還を喜んだ。
それと共に自分達を逃れさせる為に自ら犠牲となったフクベ提督の死も悲しむのだった。
「そろそろいいかしら?」
そう言ってブリッジの扉から現れたのはユリカやジュンと同じ制服を着た一人の女性だった。
その姿をみて何かを思い出したようにプロスペクターが口を開いた。
「あぁ〜そうでした、新しい乗組員と提督さんが来られるんでしたな」
アキトの事ですっかりと忘れてしまっていたのであろう、その言葉を聞いて少々女性は不機嫌な表情になるが
すぐに元に戻すと、同じく扉の外にいたのだろう提督を招きいれた。
そして現れた提督をみてその場に居た全員が絶叫することになった。
だがそんなことはお構いなしにプロスペクターは紹介を始めた。
「えー今日から我が艦に派遣された新しい提督さんです」
「よろしくー♪」
プロスペクターの紹介でにこやかに笑顔を振り撒いているのはあのムネタケだった。
さすがにこれは予想していなかったのだろう、事情を知っているアキトを除いた全員が驚いていた。
そしてそんな中、もう一人の女性が自ら自己紹介を始めた。
「エリナ・キンジョウ・ウォン
副操舵士として新たに任務に就きます」
「です、はい。
ったく、なんで会長秘書が乗ってくんの…」
簡単な紹介と共にビシッと敬礼を決めるとエリナは元居た場所に一歩下がった。
最後は完全に場を仕切られてしまったプロスペクターは苦笑しながら誰にも聞こえないように小声で文句を垂れていた。
さすがの彼も会長秘書は苦手のようである。
そして深夜…
皆が寝静まった頃、とある一室では一組の男女が会話していた。
アカツキとエリナである。
「貴方も乗ってるなんて思ってなかったわ」
「まぁ少し興味があったんでね。で、どう?」
「これは火星からのボソンジャンプする瞬間のミスマル・ユリカ、そしてイネス・フレサンジュ」
「おぉ〜」
エリナがモニターに映し出していたのはナデシコがチューリップに入り恐らくは火星から地球へと飛ぶ瞬間に
展望室へと瞬間移動するユリカとイネスの映像だった。
それを見て軽く驚きの声を上げるアカツキ…
「んふ、どうやら彼の言ってたことは正しかったみたいね…」
その映像を見てエリナは如何にも嬉しそうといった表情で怪しく微笑むのだった。
あとがき
こんにちわ、双海 悠です。
こんにちわ、アシスタントのホシノ・ルリです(ペコリ)
悠:アキトくん…早くも復活です(笑)
ル:ナイスです、よくやりました!
悠:あ、珍しい…褒めてくれるんですか?
ル:今回は、ですけどね。アキトさんの胸の中で泣く私…
ふふふ…ふふふふふふふふふ……ニヤリ
悠:な、なんか危ない雰囲気が漂ってる…(汗)
まぁどちらにしてもアキトくんには早々に復活してもらう予定でしたから
これは予定通りということで(笑)
ル:もう2度とこんな事はないでしょうね?
悠:え?な、なんの事やら…(汗)
ル:まさか…あるんですか?
悠:あっはっはー。やるならもっと酷い事かな?(爆)
ル:そんな事しなくてもいいです!(怒)
悠:あはは、まぁ今後をお楽しみにという事で(笑)
それではまた次回のお話にて…
ル:誰も楽しみに何てしてません!どうやら教育が必要なようですね…(滅)
それでは失礼します(ペコリ)
おしまい
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